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オマケ 1 : 5

 バカまる、アホつぐ。今日からこの人の名前はそれで決定だ。  俺は座り込んでいる残念極まりない先輩を見つめて、思わず……。  ……深く、深ぁ~く、ため息を吐いた。 「先輩って、本当に……もう、愚かですね……」 「いつもの冗談と違って、これは本気の本音だ……っ! さすがの僕でもそれくらい分かるよ……っ!」 「好きな子をいじめちゃう小学生男子でも、もう少しマシなことをしますよ。先輩って本当に、本当……。……はぁあ……っ」 「その『呆れて物も言えない』って反応やめてよっ! 悲しくなってくる!」  ピィと泣き始めた先輩が、ただただ馬鹿な犬にしか見えない。  これは、あれだ。飼い主が仕事に行ってしまわないよう、ネクタイを隠してしまうような。そういう、あれだ。  先輩は露骨にむくれながら、俺のことをジッと見つめた。 「子日君には分からないと思うけど、僕は君とはずっと一緒にいたいんだよ。お昼だって毎日一緒がいいし、朝の『おはよう』は他の職員よりも先に僕に言ってもらいたい。夜には電話越しでもいいから『おやすみ』って毎日言われたいし、テレフォンセックスにだって憧れがあるんだ」 「最後のはなにか違いませんか?」 「──そのくらい君のことが好きってこと!」 「──なんて強引な言いくるめ……っ」  理解はできないが、一先ず納得はしよう。先輩が、究極的に甘ったれな恋愛馬鹿だということを。  俺はもう一度ため息を吐き、先輩から視線を外す。そうするとすぐに、先輩が俺を呼んだ。 「駄目だよ、子日君。僕と一緒にいるときは、僕のことを見ていて。……目を、逸らさないでよ」 「うるさいですよ似非ヤンデレ」 「ヤっ、ヤンデレっ? 僕は病んでなんていないよ! 確かに君以外の人から好意を向けられると困ってしまうしトラウマは抱えているわけだから精神的に病んではいるのかもしれないけれど、君に対しては病んでなんかいないよ!」 「その絶妙に笑えないたとえ話はやめてもらえますかね」  仕方なく顔を上げて、俺は先輩を見る。  視界に入った先輩の顔は、なんとも言えない情けないものだ。 「あのですね、先輩。先輩は休日、俺と会えないのが嫌なんですよね? だから、こんなクソくだらなくて愚劣極まりないごっこ遊びを提案したんですよね?」 「悪意のコーティングが凄いけど、えっと、その通り……です」 「だったら、他に言うことがあるんじゃないですか?」 「……『他に』って、なに?」  嘘だろ、このバカまるアホつぐ。本気で分からないのか。  俺は盛大に肩を落とした後、喋るのも馬鹿馬鹿しくなり、思わず閉口する。そうするとバカまる先輩が「どうしたの?」とか「なに、えっ、なに?」と戸惑い始めるのだから、手に負えない。  俺は下を向いたまま、至近距離にいる先輩にだけ聞こえたらそれで十分な声量で、ポツリと呟いた。 「──こんなごっこ遊びなんかより、デートに誘われる方が幾分もマシなのですが」  そこで、ようやく先輩に伝わったらしい。 「……えっ? デ、デート? 誘っても、いいの?」 「いいんじゃないですかね」 「ショッピングとか、映画館とか水族館とか……ちょっと遠出のドライブとか、一泊二日の旅行とかに誘っても……いい、の?」 「いいんじゃないですかね」 「君の家に行ってレンタルした映画を見たり、僕が登録している動画配信サイト限定の映画を見たり、そういうことに君の休日をもらってもいいのっ?」 「いいんじゃ──いや、メチャメチャ映画見たいんじゃないですか」  そんなに映画を見たいならサッサと誘え。むしろ気になるだろ、なにがそんなに見たいんだよ。かどっコぐらしか。あれはいいぞ、大人でも泣けるからな。  ……なんて茶化しは、一旦保留。  俺は顔を上げて、心底驚いている様子の先輩を見つめた。

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