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続 2 : 3
ひそひそと電話で話す俺を見て、先輩は体を小さく揺らしている。会話が気になっているのだろう。
そんなことは先刻承知なのか、俺の提案を受けて黙り込んでいた兎田主任が、突然……。
『……いいことを思いついたぜ、ネズミ野郎。テメェ、ウシに挨拶してからこっちに来い』
「『挨拶』って、なんのですか?」
『俺様のところにテメェが単身で乗り込むって挨拶に決まってんだろ』
なんでそんなに不穏な言い方をするのだろう。俺が悪者みたいではないか。
意味も分からなければ目的も分からないが、反論はできない。兎田主任は要件と【おつかい】を伝え終えるとすぐ、俺との会話を終了させてしまったのだから。
通話が終了した受話器を持ち続けても、意味はない。俺は兎田主任と同様に受話器を戻し、小さく息を吐いた。
わざわざ先輩に伝える必要性は感じないが、まぁ、いいか。俺は椅子から立ち上がり、兎田主任のオーダーに従う選択をする。
「先輩。俺、今から兎田主任の仮眠室に行ってきます」
「えっ、一人で? どうして急に?」
「可及的速やかにデータ入力すべき商品があるらしいので、資料を引き取りに来るよう命令──じゃなくて、頼まれました」
「電話越しでも威圧的だっただろう兎田君が、不思議と目に浮かぶよ」
よし、ミッション完了。すぐに資料を受け取りに行こう。
……すると、なぜか足音がふたつ分。俺はすぐに、後ろを振り返った。
「先輩? なんでついてくるんですか?」
「兎田君のところに行くなら、僕も同行するよ」
相変わらずの過保護だ。先輩と一緒に兎田主任に会うと、いつも酷い目に遭わされていたからだろう。……主に、俺を庇った先輩が。
だが、いくら業務的に平和であろうとわざわざ二人で向かうのは非効率的だ。俺は先輩に向けて、首を横に振って見せる。
「大丈夫ですよ、先輩。今日の兎田主任は上機嫌そうでしたので、たぶん蹴られませんし、ヘッドロックもされません」
「そう。……じゃあ、言い方を変えようかな」
「はいっ?」
すると、不意に──。
「──恋人が、他の人と【仮眠室】で逢引すると知って。さすがの僕だって、黙ってはいられないよ」
耳元に顔を寄せてきた先輩が、ポソッと小さな声で俺に囁いた。
あい、びき? ……あっ、あぁっ? そ、そういうこと、か?
……。
……こ、のッ!
──ふざけんなよクソイケメンがッ! いきなり耳元で囁くんじゃねぇッ! ときめくだろうがッ!
「馬鹿なこと言わないでください!」
「あいたっ! えっ、なんでっ? なんで兎田君じゃなくて子日君から蹴られたの、僕っ!」
「知りませんよ!」
「痛い痛いっ! 頭を掴まないでよ、子日君~っ!」
先輩の脚に蹴りを入れ、頭をメキメキッと掴んだ後、俺はそそくさと歩き始めた。後ろで先輩が「置いて行かないでよ子日君っ!」と泣いているが、そんなこと知るか! そもそも『ついてきて』なんて言ってない!
まったく、なんということだ。先輩にとっては、呼吸と同義なほどやり慣れた【口説き】の延長線上にある言動だということは、誰よりも俺が一番理解しなくてはいけない。
それなのに! それなのに、なんで……ッ。
──あぁ、クソッ! 口角が上がるッ! 今は就業時間中なんだから仕事しろッ、俺の表情筋ッ!
ニコニコへらへらと笑みを浮かべて、毎度毎度俺を口説く、困った男。そんな男の言動にこうして心と表情筋を揺さ振られるのなら、ヤッパリこんな男を好きになるんじゃなかった。まったくもって、趣味が悪い。
……なにが悪いって、それを『悪くないか』と容認してしまいそうな俺が、一番悪いのだが。
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