132 / 250
続 2 : 8
手持無沙汰な幸三は、背もたれを揺らすのに飽きたのだろう。
「なぁ、ブン? 今日の昼、一緒に食わねー?」
そう言いながら、背もたれごと俺を抱き締めてきたのだから。
「──っ!」
「別にいいけど、仕事は? 幸三、午後から営業行くんだろ?」
「一時から上司と出発! だから、昼はフツーに余裕しかない!」
「ふぅん。じゃあ、食堂で食うか。俺、今日は秋っぽいもの食いたい」
「すっげーアバウトだな! けど、オレも秋っぽいもん食いたいわー」
ん? 今、一瞬……右隣から息を呑むような音が聞こえた? 気が、するような? ……気のせいか。
俺は右隣を確認するための時間は割かず、当然ながら効率的に作業を進める。幸三と昼を食うのなら、なんとしてでも午前中に作業を終えなくてはいけないからな。
後ろから抱き着く幸三を振りほどくことにも時間を割かずに手を動かすと、暇を持て余した幸三がまたしても馬鹿なことを言ってきた。
「って言うか、ブン? なんかお前、痩せた?」
「あー、どうだろ。俺、自分の部屋に体重計とかないから分からん」
「ブンって年に一回の健康診断でしか自分の体、見直さないタイプだろー?」
「ふっ、馬鹿者め。俺は結果を見ても『そうか』としか思わないぞ。だから、見直したりはしないな」
「ブンの方がバカじゃね?」
俺の腹辺りにあった幸三の手が、するっと動く。
「最近はちゃんとメシ食ってるか? ブン、ちょっと前にうどんも食べきれないくらい酷い時期があっただろ?」
「今は全然平気──って、おい。やめろ、幸三。鎖骨を撫でるな、くすぐったい」
「うっわ、なんだこれ。メッチャ骨出てないかっ? ……えっ、なんか楽しいな! えいっ、グリグリ~ッ」
「ちょっ、やめろって、マジでっ」
幸三の手が、俺の鎖骨をグリグリと乱暴に撫でてくる。いくら俺が仕事熱心な男だとしても、さすがにくすぐられると作業に支障が出るぞ。
ゾワゾワとくすぐったい感じはするが、生憎と俺はラブコメ漫画のように『あぁんっ』と可愛らしい反射行動は取れない。もしも期待させてしまったのなら、それは申し訳ないな。
だが、このままでは幸三が凄く邪魔だ。俺は片手で拳を作り、密着している幸三の顔を手の甲でぶん殴った。
……よし。幸三が離れたぞ。心置きなく、俺は作業に戻る。そもそも、この作業が終わらないと困るのは幸三の方なんだがな?
そんな幸三は俺の後ろで額を押さえて「おぉぉ」と呻いているが、とりあえず無視だ。……コラ。『力加減を間違えたの?』とか言わないの。
「ブ、ブン……っ。ひ、酷いぞ、ブン……っ。これから営業に行くイケメンの親友に、こんな酷い仕打ち……っ」
「えっ? イケ、メン……しん、ゆう? ……えっ?」
「うわぁあんッ!」
またしても、幸三が俺に抱き着こうとする。泣かしたのは俺なのに、なんでその相手に泣きつこうとするんだ、コイツ?
ならばもう一度、げんこつだ。そう思い、俺は拳を作って──。
「──ぎゃふんッ!」
……作ったのだが、その手はただ拳を作っただけ。
──なぜなら幸三は、椅子のキャスターを滑らせて俺から離れたところへと突き飛ばされたのだから。
犯人? 勿論、俺ではない。俺の片手は拳を作り、もう片方の手はキーボードに触れているのだ。両脚だって動かしていないのだから、れっきとしたアリバイだろう。
ならば、いったい誰が。……それは、俺でも幸三でもないもう一人の男。
「……あっ、あれっ?」
両手をパッと開き、まるでなにかを突き飛ばした後かのように腕をピンと伸ばしている、右隣の圧倒的な容疑者。
……今回の犯行に誰よりも戸惑っている、先輩だ。
ともだちにシェアしよう!