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続 3 : 4
彼が、誰かからの好意や信頼を綺麗に流せる人だと知っているからこそ。
……むしろ。だからこそ、僕の気持ちは受け止めてほしかったのかもしれない。そんなものは、やはりどう考えても僕のエゴだ。
案の定、子日君は『そうですか』と言っていたけれど、それ以上のなにがあるわけじゃないにしても、僕は伝えたかったから。
僕はまだ、誰かと【二人きり】になるのは、怖い。ようやく同期でありながら【僕に対してなんの好意的感情も持っていないと確信できる】兎田君の仮眠室で、雑談ができるようになった程度だ。
だけど僕にとって唯一、子日君は特別。そして子日君にとって、僕も特別なはず。
……だけど、最近はそれだけじゃ不安な日も増えてきて。それを自覚するたびに、僕は考える。
──ヤッパリ、恋は人を狂わせる。どの道を辿っても、僕の思考が行き着く終着点はそこだ。
きっと僕はもう、子日君以外の人と恋愛ができないだろう。狂いに怯える僕を許してくれて、狂った僕を赦してくれるのはきっと、彼だけだからだ。
「ほら、また。今日は発言によるセクハラではなく、視線での辱めをしたい気分なんですか」
「可愛いものって、ずっと見ていたくならない?」
「あぁ、分かります。俺の一挙手一投足でピィピィ泣く先輩を見ていると、確かに目を逸らせなくなりますね」
「その発言にも当然泣きそうだけど、そう言いながら全く僕を見てくれないその態度の方が僕は悲しいよ!」
世界で一番優しい、子日君が好き。
僕のために冷徹でいてくれる子日君が、僕は大好きなのだ。
* * *
そして、翌日のこと。
「子日さんっ! トリックオアトリートですっ!」
昼休憩を終えてから、数時間後。なぜか子日君は、複数の女性職員に囲まれていた。その内の一人が、なんの前触れもなく子日君にそう言ったのだ。
子日君だけではなく、僕も思わず卓上カレンダーに目を向けた。
「……ハロウィンには少し、早い気がしますけど」
子日君の返答は、僕と全くの同意見。ハロウィンの準備を始めるにはいいかもしれないが、お菓子とイタズラのデッドオアアライブを訊ねるには少々早い気がする。
……それにしても、女の子から『トリックオアトリート』って言われて目をパチパチさせていた子日君、可愛かったなぁ。……と言ったら話が脱線するどころかたぶん酷い汚名を被せられるのは、明白。ここは当たり障りなく、言外に『子日君は可愛いね』と伝えるため、ニコニコと笑っておこう。
今は、十月中旬。予想もしていなかった呪文を唱えられた子日君を見て、女の子たちはニッコリと笑った。
「まぁまぁ、いいじゃないですかっ」
「トリックオアトリートですよ、子日さんっ」
勿論、子日君はお菓子なんて常備していない。なにも言わずに、表情も変えずに。子日君は首をプルプルと横に振った。……うっ、なにそれ、可愛い。
すると、一人の女の子が子日君に一枚のメモを手渡した。
「それじゃあ、はいっ! トリックですよ~っ!」
随分と、可愛らしいメモだ。
渡されたメモを受け取って、子日君はすぐに中身を確認した。
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