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続 3 : 3

 飴で思い出したけれど、先日の【飴玉事件】について。  兎田君が最悪最低な意味合いに取られる発言を子日君にしてしまった結果、子日君は完璧に誤解してしまった。  だから僕は、きちんと弁明したのだ。あれは兎田君が勝手に作ったもので、僕が望んで作らせたものではない。僕が兎田君にしたのは子日君との惚気だけで、何度も何度も子日君の可愛さとカッコ良さを自慢しただけだと。  必死の弁明後、子日君はなんとか分かってくれたようで。僕に向かって、子日君は『誤解が解けた』という意味合いでこう言ってくれた。  それはまさに、僕と子日君の和解を意味していて──。 『──兎田主任に、深く深く、同情いたします』  ──またの名を、子日君に見捨てられた瞬間とも言う。  数日前の出来事を思い出しつつ、僕は子日君から貰った飴を舐め始めた。……うん、普通のイチゴ味だ。どれだけ舐めても、安定のイチゴ味だね。ソーダにも、チョコにも、抹茶にもならない。……うん、おいしい。  どれだけ舐めても、味が喧嘩しない。そんな当たり前のことにここまで感謝する日がくるなんて、なんだか感慨深いなぁ。……兎田君に感謝はしないけど。  椅子に座った子日君も、包みを切って飴を舐め始めている。たぶん、同じ味だろう。包みが同じ色だからだ。  ……それにしても、飴か。子日君の口に入って、しかもじっくりと舐められるなんて。いいなぁ。僕も、飴になりた──。  ──ガリガリッ、ゴリゴリッ。  ──ゴクンッ。  子日君は少しだけ飴を舐めた後、そのままなにを言うでも感じるでもなく、口の中にある飴を噛み砕き、仕事に戻った。  ……こ、怖いよッ! そんなマッハで飴を消費する人いるかな、普通ッ!  もしかして、僕の考えていることが分かったのかな? もしもそうだとしたら、なおさら怖いよ! あぁでも、子日君になら噛み砕かれるのもアリかもしれない……ッ! 「先輩」 「はっ、はいっ!」 「視線がうるさいです。仕事を放置してあまりにも俺を見るようなら、その目玉も飴のように噛み砕きますよ」 「せめて『舐めますよ』って言ってよ!」  うぅ、なぜだろう。付き合う前からそうだったけど、付き合ってからも子日君の態度はあまり変わらないなんて。  別に、百八十度の変化を望んでいたわけじゃない。付き合ったその次の日から、子日君が『章二さん大好きっ』なんて言ってくれるわけがないとは、分かっていた。……いや、嘘、ごめんなさい。少しだけ、期待していました。  だけどきっと、子日君が【変わらない】のは、ヤッパリ僕への優しさだ。それは喜ばしいことではあるし、ならば当然残念ながら、子日君のこのツンツンした態度は素であるということだけど。  ……あの日。僕が子日君を誘い、彼を初めて僕の部屋に入れた後。 『この部屋に人を呼んだのは、君が初めてだよ』  帰り際、僕は子日君にそう伝えた。  僕は決して、子日君に捧げられる【初体験】が多いわけではない。もしかするとそれは、子日君にとっては寂しいことなのかもしれないと。訊ねたわけではないけれど、僕は勝手にそう思ってしまった。  それでも、僕にとってはとても大切な人なのだと。エゴだとしても、僕は子日君にそう伝えたかった。

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