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続 5.5 : 5
……コイツ、マジでなに言ってんだ?
端的に言うと、今の俺様は未知の生物と遭遇した探検家みたいな気分だぞ。
本気で、ユキミツの言動の意味が分からない。仮眠室に入って夢の世界へ没入する気が失せるくらい頭をフル稼働させてみるが、やはり不可解だ。
ユキミツは通路に面していたスーツをパンパンと手で叩き、ゴミを払う。
「あの日。四葉サンがオレのケツをさらに増やそうとした日のことです」
「いつだよ、それ」
「オレがブンに失恋したと思ったから、オレの首根っこを掴んで慰めようとしてくれたんですよね?」
はっ? マジでコイツ、なにを言ってんだ?
そんなことが、どうして。……なん、で。
なんでこんな、見るからに馬鹿っぽい奴が……ッ。
「なぐ、さめ? ……俺様が、テメェを……ッ?」
分かるわけがないと、思っていた。
俺様はウシみたいな偽善者でもなければ、独善を振りかざすような男でもない。世間一般ではウシを【優しい男】と評価するのだから、手法が全く違う俺様の善意が理解されるはずがないのだ。
それなのに、ユキミツはさも『分かっています』という顔をして……確信を持って、そう言ってきた。
……だが、理解されるのはされるので、不愉快だ。
「夢見てんじゃねぇよ、チビ。たまたま……たまたま、手が届きそうな範囲にテメェがいた。だから、思い付きと気まぐれで手を伸ばしたんだよ」
「そうしたら、たまたま手が届いちゃったんですか?」
「あぁ、そうだ。だからこれは、テメェが期待するような【慰め】じゃねぇ。自惚れんな」
胸糞が、悪い。話の流れが、今まで通ったことのないルートに突入しかけているからだ。
こんなことになるのなら、あの日。ユキミツから唾を吐かれた報復として、コイツの心情を吐かせるんじゃなかった。口を縫い付けて、二度と喋れないようにしてやった方がまだマシだったのだ。
ようやく顔を背けたというのに、ユキミツはそれでも会話を続行してきた。
「……名前。ブンから初めて聞いて、ちょっとビックリしました。兎田サンの名前が、四葉サンだって」
「ッ! だ、まれ……ッ」
人との会話が好きでも得意でもねぇ俺様に、追い打ちみてぇな話題をチョイスしてきやがって……ッ! 八つ当たりだと理解していながらも、俺様はユキミツを睨み付けた。
──分かっている。どうせ、そんな大それた名前は俺様に似合っちゃいない。
分かっているのだから、わざわざ他人に指摘なんかされたくねぇ。
……もういっそ、物理で黙らせるか。拳を振り上げ、アホ面を下げているその頭をかち割ろうとして──。
「──いい名前ですよね、四葉って。幸せになれて、意味もなく呼びたくなります」
まるで、こっちが殴られたのかと。そう錯覚しそうになるほど、その言葉は重く鋭く、俺様の鼓膜を刺激した。
「オレの名前、漢字で書くと『幸せが三つ』なんですよ。オレって一人っ子なんで、両親とオレ……三人分の幸せ、みたいな。あとはたぶん、オレと将来の嫁と、子供一人分? あっ、双子とか産まれたらどうなるんですかね?」
なにを言っているんだ、コイツは? ……と言うか、そうか。【ユキミツ】って、下の名前だったんだな。
などという余計な納得でもしていないと、思わず前後不覚になってしまいそうで。
それでもこうして、真っ直ぐ立っていられているのは……。
「まぁ、いっか! その時は嫁と双子の三人分ってことで!」
……ユキミツの笑顔が、あまりにも眩しかったからだろう。
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