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続 5.5 : 6

 幸せが、三つ。自分と、嫁と、子供の分。  仮に双子が生まれたら、三つの幸せを嫁と子供にやる所存。……ユキミツは確かに、そう言った。  だとすると、ひとつの矛盾じみた謎が浮かび上がる。 「それなら、テメェの分はどうなる」 「へっ? オレっ?」  ユキミツは目を丸くして、そのままクイッと眼鏡を押し上げた。 「たぶんオレは、その時点でジューブン幸せなんでっ! こんなオレが『一生一緒にいたい』って思える相手に出会えたなら、それだけでメチャ幸せですよっ!」  ……コイツ、なんなんだ?  他人のための幸せなんて、どうだっていいだろう。どこまでいっても、人間ってのは自分が一番なんだ。  それなのに、自分が持つ分の幸せを他人に分け与えてもいいなんて。……むしろ【誰かに分け与えられることこそが幸福】なんて、どうかしている。  ユキミツの理論が馬鹿すぎて理解できないのか、はたまた純粋に理解を拒んでいるだけなのか。続く言葉が出てこない俺様を見上げたまま、ユキミツはそれでも笑っている。 「だから、四葉サンの名前もステキだなって。四つ葉のクローバーって、見つけただけで幸せになるじゃないですか? だからきっと、いてくれるだけで幸せだったんだろうなって! 心温まる名前ですよっ」  はっ? んっ? ……はぁっ?  ユキミツの謎で馬鹿な理論が、理解の範疇を猛スピードで飛び越えていく。 「なに、言って……ッ。『いてくれるだけで幸せ』だと? そんなの、誰が……ッ?」 「なんてこと言うんですか! どう考えても四葉サンのご両親ですよ!」  ……なに、を。 「知ってますか? 四つ葉のクローバーって、女子に超人気なんですよっ。ここだけの話……年下の子を狙うなら、四つ葉のクローバーがモチーフの小物をプレゼントするといいですよ。オレはそれを両手の指じゃ数えられない数の子にプレゼントしました! ……まぁ、最終的には振ったり振られたりしましたけど」  なにを、言っているんだ? この、チビ眼鏡は? 「ハッ! これじゃあ不幸のアイテムみたいになりますかね! そうじゃなくて、違うんですよ! とにかく、四つ葉のクローバーはマジ凄いんです! そこに在るだけで、愛される! つまり、メチャメチャ人気者です!」  そんなわけ、あるか。少なくとも、俺様の名前は【俺様自身】じゃなくて【他人】のために──。 「──だからきっと、ご両親は『ありがとう』と『誰かから愛されますように』って。そういう想いで名前を付けたんじゃないですかねっ」  最後に「知らんけど!」と付け足し、チビ眼鏡は笑った。 「今にして思うと、オレとしてもラッキーでしたっ。たぶんあの日、四葉サンがオレを捕まえてくれなかったら。……きっとオレは、一人でグルグルあれこれ考えて、すっげぇイヤな奴になってたと思うんで!」  だから、聴いてくれてありがとうと。そう、言いたげな笑顔で。 「──四つ葉のクローバーを【見つける】んじゃなくて、逆に四つ葉のクローバーに【見つけてもらう】なんて。オレ、すっげぇラッキーな経験しましたねっ!」  恥じらいもなく、そんな。……そんな、恥ずかしい言葉を口にした。 「……ま、さか。テメェが今、俺様を待っていたのは……ッ」 「モチロン、お礼を言いたくてっ!」  俺様に対して『怖い』と言い、震えていたじゃねぇか。  俺様に捕まって『放せ』と暴れ、拒絶をしていたくせに。  ──それだけ俺様を嫌っていたくせに、出てきた言葉が『ありがとう』だと?  ガンガンと、頭が痛むのは。……やはりユキミツの言っていることが、まったくもって理解できそうにないからだ。そうに決まっている。  ……もしもそれが、理由ではないのなら。  胸がザワつく理由の説明が、つかないのだから……ッ。

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