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続 6 : 8

 きっとそれだけ、俺は酷い顔をしているのだろう。先輩の優しさが、ツンと鼻の奥をつついた気がした。  さらに眉間の皺を深くしたであろう俺を見て、先輩は手にしていた湯呑みをテーブルの上に置く。 「じゃあ、話を戻すね。……Ⅹデーは、明日だよ」  空いた手で俺の頭を撫でながら、先輩は柔らかな口調でそう返した。  ……当然、答えを受けた俺の表情は変化する。 「はっ? 明日っ? さすがにそれは、急すぎませんか?」 「実は、今日よりもう少し前から日付は決まっていたんだよね。……だけど、子日君に言う勇気が出なくて」 「なんで──……っ。すみ、ません……っ」  思わず詰め寄りそうになり、寸でのところで堪えた。念のため言っておくが、詰め寄らなかったのは先輩のトラウマを考慮したからとかではないぞ。……ただの八つ当たりだと、俺自身が気付いたからだ。  俺に、伝える勇気が出なかった。それは先輩が、意気地なしだったからではない。……俺がこういう顔をすると、先輩は分かっていたからだ。  俺を、不安にさせたくない。早く伝えていればいるほど、俺の表情はその分だけ長く、暗くなっていたから。そう分かっていた先輩は、わざと伝えるのを遅らせたのだ。  先輩の手が再度、俺の頭に乗せられる。……嗚呼、まただ。また俺は、先輩に不必要な心配をかけてしまっているらしい。 「ごめんね、文一郎。心配、させちゃって」 「嫌味ですか、それ。先輩こそ、こんな時に他人の心配をしている場合じゃないでしょうが」 「文一郎は【他人】じゃなくて【恋人】だからね。心配しちゃうよ」 「……っ」  Ⅹデー──女社長さんと会う日が決まってから、先輩はどんな気持ちだったのだろう。  俺がもう少しだけ、強い男で在ったのなら。数日前から、先輩の心に寄り添えていたのに……。  ……なんていう【たられば話】は、それこそ不要。俺は顔を上げて、先輩の顔に手を伸ばした。 「カッコつけすぎですよ、章二さん。今さら俺を惚れ直させてどうしたいんですか、まったく」 「あははっ、貴重なデレだ。トラウマを持つのも悪いことばかりじゃないね」 「お馬鹿さんな発言はやめてください、アホつぐさん」 「ん、ごめんね」  頬に手を添えると、先輩はすぐに俺の手を握る。そのまま先輩は俺の手に、自分の頬を寄せた。 「僕はね、文一郎。君のことが、好きだよ。ありきたりな言葉で申し訳ないけど、僕は世界で一番、君を愛している」 「章二さん……っ」 「君は信じてくれないだろうけど、こんなの、本当は僕のガラじゃないんだよ。誰かに真っ直ぐと愛を伝えて、しかも甘えるなんて。……それでも僕は、君に『大好き』って伝えたい」 「……っ」 「君を求めすぎている僕は、年上らしくないかな?」  先輩から【年上らしさ】がなくなるわけ、ない。こんな状況でも俺のことを考えてくれている先輩が、カッコ悪いわけがないのだから。 「章二さんは、いつだって……俺にとって、世界で一番……素敵な人、です」  先輩の不安を払拭すべく、ふるふると首を横に振る。すると思わず、先輩の頬に添えていた手から力を抜いてしまった。  そうして下がった俺の手を、先輩はそれでも握り続けてくれたのだ。

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