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続 6 : 9

 しんみりとした、空気。日中のドタバタ劇がまるで嘘のようだ。  先輩は依然として俺の手を握ったまま、言葉を続けた。 「ありがとう、文一郎。……だけどね。今の僕じゃ、駄目なんだ。どれだけ君に『好き』と伝えたって、今の僕じゃなんの説得力もない」 「そんな、ことは……っ」 「うん。君ならきっと、そう言うよね。分かっているし、その優しさと愛情に何度も救われたよ。でも──……だから」  ……そう、か。  どれだけ怖くても、不安でも。先輩はそれでも、顔を上げて俺を見るんだ。  そして、先輩は……。 「──彼女に、会いに行くよ。会いに行って、全部にケリを付けて。……その後でもう一度、僕は君に告白したい。君に心から、僕を好きになってもらいたい」  こんなにも真っ直ぐと、好意を──俺を、見てくれる。  俺が持つ、先輩への好意。それと同じものを、堂々と俺に渡すために……。 「だからというわけでもないけど、ひとつ。僕の我が儘を聞いてほしいな」 「我が儘、ですか?」 「そう、我が儘。……明日。この部屋で、僕の帰りを待っていてほしい」  そっと、なにかが手渡された。反射的に受け取ってしまった物に視線を向けると、それは鍵だ。……『どこの』なんて、無粋なことは言わないでくれよ。  合い鍵を渡してきた先輩は、いつものヘラヘラとしたにやけ面。……では、当然なく。 「卑怯、かな。僕は今【お願い】をすることで、君の優しさに付け込んでいる。……ヤッパリ、こんな僕はカッコ悪い、かな?」  しかし先輩はすぐに、ニコリと柔和な笑みを浮かべた。  ……嗚呼、クソッたれめ。どうせ、俺からの返事だって分かり切っているくせに。  先輩はなんて、卑怯で狡くて……。 「──今の先輩は、今まででトップスリーに入るほどカッコいいですよ、コンチクショーめ」  ──なんて、カッコいいのだろう。  合い鍵をしっかりと握り、力強く頷いて見せた。茶化したような言葉を選んだのは、わざとだ。先輩に『俺なら平気です』と、言外に伝えたかったからこその言葉選びなのだが……伝わった、だろうか。  ……良かった。伝わったみたいだな。先輩の顔を見れば、一目瞭然だ。 「どうせなら、可愛いエプロンのひとつでも用意しておけば良かったかな。裸エプロンを着た可愛い文一郎に、微笑みを向けられながら『おかえりなさい』って言われたかった」 「もしもこの部屋にそんな物が置いてあったら、真っ先に浮気を疑う俺は『僕を騙したな、章二!』と言って銃口を突き付けますからね」 「あははっ。それも、君が好きなアニメのシーン?」 「至高のヤンデレバイブルですよ」  合い鍵を握る俺の手を、先輩は愛おしそうに握っている。少し照れくさいが、まぁいいだろう。俺の頬に熱が溜まっていようと、見ているのは先輩だけだしな。  明日への不安と、現状によるほわほわとした落ち着かない気持ち。なんとも複雑すぎる感情を抱いていると、先輩がジッと俺を見つめてきた。 「ところで、文一郎。訊きたいことが、あるのだけれど……」 「えっ。なっ、なんですか……っ」  なんでこの局面で、そんなに真面目な顔を向けてくるんだよ。……あっ、クソッ。かっ、顔がいいぞ、顔が……っ。  ドクドクと心臓が騒ぐ中、俺は先輩からの言葉を待ち──。 「さっき言っていた【トップスリー】って、具体的な内訳は──」 「──さぁ、先輩。決戦に備えて今日はもう寝ますよー」 「──どうして僕の背中を押して外に追い出そうとするのかなっ! ここっ、僕の部屋なのにっ!」  すぐに、先輩の手をペイッと振り払ったのであった。

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