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続 6 : 14
引き寄せられたまま、俺は先輩に訊ねる。
「怖く、ないですか。無理とか、していませんか?」
「うん、平気。ヤッパリ、君からの好意なら大丈夫みたい」
「……そう、ですか」
パッと、俺はすぐに右手首を放す。掴んでいるとなぜか、こっちの身が持たなくなりそうだったからだ。
するとなぜか、先輩の右手が俺の手をキュッと握った。
「今度は、不意打ちで掴んでほしいな。きっとビックリはするけど、怖くはないはずだから」
「誰だって、不意打ちでどこかを掴まれたら驚きますよ。俺だって今、先輩に抱き寄せられて驚きました。手を握られて、驚きましたから」
「それはごめんね。だけど、我慢できなくて」
すぐに手は解放されたのだが、そうすると先輩は自由になった右手を動かして。そのまま両手で、俺を抱き締めた。
「嬉しかったんだ。ようやく、僕の全てを君に捧げられた気がして。……君の全てを、受け止められた気がして」
笑う先輩は、清々しくて。憑き物が落ちたような様子の先輩を見ていると、俺まで嬉しくなってきた。
「じゃあ、今後は俺からも先輩に触ります。腕を掴んだり、手を握ったり、唐突に抱き着いたり。……恋人らしい振る舞いを、気兼ねなくチャレンジしますね」
「なんだか僕を練習台にしているみたいな言い方だね、それ」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。練習できるのも、実践できるのも。俺にとってのそういう相手はどうせ、先輩くらいしかいないんですから」
「若干どことなく不服そうな物言いではあるけど、子日君にとっての特別が僕だけなんだと思うと、気分がいいなぁ」
「ははっ。なんですか、それ」
先輩の物言いが、可笑しくて。堪らず俺は、先輩に抱き着いた。
「ほんと、もう。なんですか、それ……っ」
ぐっと、先輩の胸に顔を埋める。
「先輩って、ほんと……俺の、こと。……好きすぎ、ですよ……っ」
「子日君……っ?」
「それなのに、こんな……っ、こんなに、遅くて……っ。ほん、と。本当に、ごめんなさい……っ」
可笑しくて、笑えてきて。
『君が持つ、優しさゆえの脆さと弱さ。それも知っていたはずなのに、僕は今の今まで救ってあげられなかった』
以前、先輩が俺に伝えた言葉。
これは本来、先輩が言うべき言葉じゃなかった。本当なら、俺が言うべき言葉だったのだ。
先輩を救うのが、あまりにも遅かったから。……堪らず、肩が震えた……っ。
「先輩、先輩っ、せん、ぱ……っ。……ふ、ぅ……ッ」
「うん。ごめんね、文一郎。……ありがとう、文一郎」
「……ッ」
守る、なんて。そんなこと、できていたのかは分からない。
盾になることもできず、かと言って矛にもなれなかった。俺はただ、先輩のそばにいることしかできなかったのだ。
だけど、それで良かった。……それが、良かったのだと。そう気付くのに、時間をかけすぎた。
なれやしないのに、俺は盾と矛を目指して。先輩を自分の子供かなにかのように、ただただ庇護下に置こうとしていただけだった。
『彼女に、会いに行くよ。会いに行って、全部にケリを付けて。……その後でもう一度、僕は君に告白したい。君に心から、僕を好きになってもらいたい』
それでも、先輩が小さな歩幅で歩いてくれたから。
『ブン、オレさ。……オレもさ、頑張るよ。だから、オレは今ようやく、ようやく今になって、ブンを応援できる。……ブンが変わってくれて、嬉しい。ブンの変化が、嬉しい。オレはブンの親友として、全部を応援するよ』
そして、小さな同期が俺の背を押して。
『そうだ、ウシ。……こっちだって、気に入った奴のために変わろうとしてんだ。何度も俺様を仲間みてぇに扱ってきたテメェも、そろそろ本気で変われ。じゃねぇと愛想を尽かされるぞ、ばーか』
それから、大きすぎる同期が力強く先輩の背中を突き飛ばしたから。
──だからようやく、先輩はハードルを飛び越えて。
──だからようやく、俺は大声で声援を送れたのだ。
「──大好きです、章二さん。……だい、すき……っ」
まるで、仮眠室で告白した時の再現みたいだな、と。どこかで冷静な自分が、俺を笑った気がした。
だけど、なんだっていい。再現だろうが、同じところを回っていようが、どうだっていいのだ。
「──うん、嬉しい。僕も、文一郎が大好きだから」
俺たちは今、ようやくゴールをした。
普通の恋人という、スタート地点に。
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