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続 最終章 : 4
子日君から割と強めに叱られた後、僕たちはパソコンの電源を切った。
「今度こそデート──もとい、ご飯に行こう! 今日はちょっといいお店を予約したんだ~」
「ごちそうさまです」
「僕がお金を出すつもりではいたけど、お礼を言うの早くない?」
「いえ、今のは冗談ですよ。割り勘しか認めません」
「相変わらず子日君の冗談は分かりづらい……!」
これで、帰り支度は万端。お互いに椅子から立ち上がり、事務所にいる職員へ退勤の挨拶をしつつ、僕たちは外へと向かった。
「それにしても、今年ももう終わりだねぇ。思い返すと、色々なことがあったなぁ……」
「クリスマスだなんだと言っていたくせに、気分は忘年会ですか? 忙しないですね」
「あっ、いいねっ。忘年会、今度しようよ」
「しまった、余計なことを。……まぁ、いいですけど」
次のデートの約束ができて、僕の気分は上々だ。飲もう、ライライライ。……なんてねっ。
けど、今年は本当に色々なことがあった。今までの人生で、最も濃密な一年だったと思う。
特に、新年度以降。自分でも『ぶっ飛んでいるな』という理由で部署異動があって、子日君と出会って、それから沢山の経験をして……。
……どうしよう。色々と思い返していたら、今すぐ子日君に感謝を伝えたくなってきた。
「先輩? いきなり立ち止まって、どうかしましたか?」
数歩先を歩いた子日君が、立ち止まる。僕が突然、立ち止まったからだ。
通路の端で、僕は前に立つ子日君を見つめる。黙って眼差しを送る僕を見てなにを思ったのか、はたまたなにも分からなかったのか。子日君はただただ、困惑した様子だ。
……いつだって、そうだった。僕の前には子日君がいて、僕の道を照らしてくれて。そうして先を歩くのに、決して僕を置いて行きはしない。
これから生きていく上で、僕も子日君も……まだまだ、多くの経験をするのだろう。また子日君に手を引いてもらうのかもしれないし、今度は僕が子日君の支えになれるかもしれない。未来のことは正直、どれだけ考えたってしょうがないけど。
それでも、そうだね。分かることが、ひとつある。
「君じゃなきゃ、駄目みたい。君じゃなきゃ、意味がない」
「はい? アニソン界のお喋り眼鏡さんですか?」
「えっ、なにそれ?」
「すみません、なんでもないです」
思ったことを口にすると、子日君からは安定のよく分からないネタが返された。ちょっと本気だっただけに、その返しは照れくさいよっ。
僕は「ちょっと待って、言い直すから」と前置きし、再度、子日君を見つめた。
「いきなりごめんね。えっと、つまり、なにが言いたいかと言うと」
「あの、そもそも突然なにが始まって──」
「──今までありがとう、子日君。そしてこれからも、よろしくお願いします。……大好きだよ」
どう、だろう。僕の気持ちは、少しでも伝わったかな。
君に対する、この気持ち。約一年をかけて育み、ようやく胸を張って告げることができるようになった、この言葉。
僕がこうして、君を想えるのは。僕にとって君が、かけがえのない人だから、と。……どうか、少しでも伝わっていますように。
「先輩……っ」
僕の気持ちを、言葉を受けて。子日君は少し、驚いたような顔をしていた。
けれどすぐに、子日君の表情が変わる。ふわりと、温かい表情になったのだ。
柔らかい微笑みを、浮かべてくれたのなら。きっと彼からも、僕への気持ちが──。
「──職場でそういうこと言うの、本当にやめてください。対応に困ります」
「──もうっ! 子日君っていつもそうだよねっ! でも好きだよっ!」
ヤッパリ『好き』と言ってくれないよねぇっ! はいはいっ、知っていましたよっ! そうだよねっ、子日君はそういう人だものねっ!
でもっ! でもでもっ、だけどさぁ! 今っ、今はかなりいい雰囲気だったわけでしょっ? もう絶好のハッピーエンド的展開だったよねっ!
「さて。行きましょうか、先輩。俺、かなり腹減り状態です」
「あぁっ! 待って、待ってよ子日君っ!」
そそくさと先を行く子日君を慌てて追いかけて、僕は必死に縋りついた。
ご飯もいいよ、デートも素敵だよ? でも、だけど! だからつまりっ、なにはともあれ先ずはさっ!
──先ずは好きだと言ってくれないかなぁっ!
続 最終章【先ずは好きだと言ってくれないかな】 了
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