237 / 250

続 最終章 : 4

 子日君から割と強めに叱られた後、僕たちはパソコンの電源を切った。 「今度こそデート──もとい、ご飯に行こう! 今日はちょっといいお店を予約したんだ~」 「ごちそうさまです」 「僕がお金を出すつもりではいたけど、お礼を言うの早くない?」 「いえ、今のは冗談ですよ。割り勘しか認めません」 「相変わらず子日君の冗談は分かりづらい……!」  これで、帰り支度は万端。お互いに椅子から立ち上がり、事務所にいる職員へ退勤の挨拶をしつつ、僕たちは外へと向かった。 「それにしても、今年ももう終わりだねぇ。思い返すと、色々なことがあったなぁ……」 「クリスマスだなんだと言っていたくせに、気分は忘年会ですか? 忙しないですね」 「あっ、いいねっ。忘年会、今度しようよ」 「しまった、余計なことを。……まぁ、いいですけど」  次のデートの約束ができて、僕の気分は上々だ。飲もう、ライライライ。……なんてねっ。  けど、今年は本当に色々なことがあった。今までの人生で、最も濃密な一年だったと思う。  特に、新年度以降。自分でも『ぶっ飛んでいるな』という理由で部署異動があって、子日君と出会って、それから沢山の経験をして……。  ……どうしよう。色々と思い返していたら、今すぐ子日君に感謝を伝えたくなってきた。 「先輩? いきなり立ち止まって、どうかしましたか?」  数歩先を歩いた子日君が、立ち止まる。僕が突然、立ち止まったからだ。  通路の端で、僕は前に立つ子日君を見つめる。黙って眼差しを送る僕を見てなにを思ったのか、はたまたなにも分からなかったのか。子日君はただただ、困惑した様子だ。  ……いつだって、そうだった。僕の前には子日君がいて、僕の道を照らしてくれて。そうして先を歩くのに、決して僕を置いて行きはしない。  これから生きていく上で、僕も子日君も……まだまだ、多くの経験をするのだろう。また子日君に手を引いてもらうのかもしれないし、今度は僕が子日君の支えになれるかもしれない。未来のことは正直、どれだけ考えたってしょうがないけど。  それでも、そうだね。分かることが、ひとつある。 「君じゃなきゃ、駄目みたい。君じゃなきゃ、意味がない」 「はい? アニソン界のお喋り眼鏡さんですか?」 「えっ、なにそれ?」 「すみません、なんでもないです」  思ったことを口にすると、子日君からは安定のよく分からないネタが返された。ちょっと本気だっただけに、その返しは照れくさいよっ。  僕は「ちょっと待って、言い直すから」と前置きし、再度、子日君を見つめた。 「いきなりごめんね。えっと、つまり、なにが言いたいかと言うと」 「あの、そもそも突然なにが始まって──」 「──今までありがとう、子日君。そしてこれからも、よろしくお願いします。……大好きだよ」  どう、だろう。僕の気持ちは、少しでも伝わったかな。  君に対する、この気持ち。約一年をかけて育み、ようやく胸を張って告げることができるようになった、この言葉。  僕がこうして、君を想えるのは。僕にとって君が、かけがえのない人だから、と。……どうか、少しでも伝わっていますように。 「先輩……っ」  僕の気持ちを、言葉を受けて。子日君は少し、驚いたような顔をしていた。  けれどすぐに、子日君の表情が変わる。ふわりと、温かい表情になったのだ。  柔らかい微笑みを、浮かべてくれたのなら。きっと彼からも、僕への気持ちが──。 「──職場でそういうこと言うの、本当にやめてください。対応に困ります」 「──もうっ! 子日君っていつもそうだよねっ! でも好きだよっ!」  ヤッパリ『好き』と言ってくれないよねぇっ! はいはいっ、知っていましたよっ! そうだよねっ、子日君はそういう人だものねっ!  でもっ! でもでもっ、だけどさぁ! 今っ、今はかなりいい雰囲気だったわけでしょっ? もう絶好のハッピーエンド的展開だったよねっ! 「さて。行きましょうか、先輩。俺、かなり腹減り状態です」 「あぁっ! 待って、待ってよ子日君っ!」  そそくさと先を行く子日君を慌てて追いかけて、僕は必死に縋りついた。  ご飯もいいよ、デートも素敵だよ? でも、だけど! だからつまりっ、なにはともあれ先ずはさっ!  ──先ずは好きだと言ってくれないかなぁっ! 続 最終章【先ずは好きだと言ってくれないかな】 了

ともだちにシェアしよう!