1 / 6

第1話

小坂(こさか)、またアノ人来てるぞ。お前、ご指名……」  同じバイトスタッフから声を掛けられて、ビールサーバーのレバーを握りながら俺――小坂(こさか)智也(ともなり)はあからさまに顔を歪めた。 「ここオープンしてから毎日来てるよな、あの人。お前の知り合い?」 「――全然」 「もしかして狙われてるとかっ!お前、男受けする顔だもんな」 「余計なお世話だっ」  予想以上に泡の割合が多くなってしまったビールをため息交じりに見つめながら、今まで注いだ四個のジョッキを両手で持ちあげると、ニヤついている彼の脇をすり抜けた。  日中、灼熱の太陽が降り注ぐビルの屋上。夕方になってもその熱は冷めることなく、ここに訪れた者たちがキンキンに冷えたビールを味わえる環境を作り出している。  ここは某ビルの屋上に特設されたビアガーデン。  俺のバイト先であるビルの一階にあるイタリアンレストランが主催し、毎年ここに開設している。  最近では梅雨が明ける前でも真夏日を記録する日があり、年々オープンが前倒しになっている。  ビアガーデンがオープンすると、メインであるレストランよりもこちらの方の客入りの方が多くなり、俺はほぼこちらメインのスタッフとなっていた。  オーダーを貰ったテーブルに大ジョッキ四個を運び、臨時に作られた調理カウンターへ戻ろうとして足を止める。  大きなため息を一つ吐き、大勢の客で盛り上がっている座席の間をすり抜けてそのテーブルに向かった。 「――お客様、何かご用ですか?」  円形のテーブルにたった一人で座る男性に声を掛ける。俺の声に弾かれるようにスマートフォンの画面から顔をあげたのは端正な顔立ちの男だ。  ネクタイは緩められてはいるが、このクソ暑いのにきちっとしたスーツを着て毎日のように訪れている。  いつも一人で、この席に座り、ビールと簡単なつまみ一品を頼む。そして帰る間際には必ずと言っていいほど見た目も鮮やかなフルーツアラモードをオーダーする。これは俺の大好物であるが最近は食べられる機会がなく悶々としているところだ。  酒呑みで甘党というのはあまり聞かない。思わず「女子かっ!」と突っ込みたくなるチョイスだ。  そして……俺を名指しで呼びつける唯一の男。 「あ、小坂くん!忙しいところゴメン」 (そう思うなら呼ばないで欲しい……)  この仕事も長く、マスターには何かと世話になっている。出来ることならば客を相手に揉め事は起こしたくないのだが、今回ばかりは俺もタメ息しか出てこない。 「――何かご注文ですか?」  ギャルソンエプロンのポケットからメモ用紙とペンを取り出して彼からのオーダーを待つ。しかし、彼はテーブルに両肘をついて、ニコニコと笑いながら俺を見つめている。 「毎日忙しそうだよなぁ?暇な時ってある?」 「ありません」 「今度、デートしよう?」 「しません」 「相変わらずつれないなぁ……」  イライライラ……。  このビアガーデンがオープンして間もなくの頃、俺は彼――井口(いぐち)夏生(なつお)と寝た。  雨続きだったところに持ってきて、いきなり三十度超えの夏日。そんな陽気が俺の気持ちを弾ませたのだろう。  元来ゲイで男と寝ることには抵抗はない。それに相手がイケメンであれば尚更だ。  その時の俺は幾分気持ちも大きくなり、特定の相手もいなかったことから、夏生に声を掛けられてすんなりと承諾した。  たった一回の過ち……。  一夜だけの関係と割り切っていたと思っていた俺が甘かった。あの日から毎日のようにここに来て俺を口説く。 「――何のことでしょうか?ご用がなければ失礼いたします」  テーブルを離れかけて、夏生の声に肩越しに振り返る。 「あ、待って!最後のオーダー」 「――フルーツアラモード、ですか?」 「そう。よろしくね!」  自分の言いたいことを理解していると勘違いしたのか、満面の笑みで掌をヒラヒラと揺らした。  毎回同じオーダーを受けていれば嫌でも分かる。メモする必要もない。  手にしていたメモ用紙とペンをエプロンのポケットに捻じ込んで、俺はカウンターへと戻った。

ともだちにシェアしよう!