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第6話

 夏生がビールを飲み終えた頃を見計らって、俺はフルーツアラモードをテーブルに運んだ。  それをなかなかテーブルに置かない俺を訝しんでか、夏生は少し首を傾けた。 「――また、意地悪されてるのかな……俺」  花火大会の待ち合わせをすっぽかした事を言っているのだとすぐに分かったが、俺は黙ったまま首を横に振った。 「あの時は強引だったと思ってる。自分でもびっくりするほど焦ってた。たった一度……なのにな」  長い睫毛を揺らして、俺を見上げた彼の目が心なしか潤んでいる。 「夏の恋は一気に盛り上がるけど長くは続かない。分かってる……そんなこと。だから……これで最後にしようって思った」  吐き捨てるように言った夏生が目を逸らした時、俺は手に持っていたシルバートレーを勢いよくテーブルに置くとジェラートに飾られていたアメリカンチェリーを口に放り込んだ。  そして、そのまま夏生の首を引き寄せるように両手をかけると、彼の唇に自分の唇を重ねた。  最初は戸惑いきつく引き結んでいた唇だったが、舌先でチェリーを押し込むと、すんなりと受け入れてくれた。  奥歯で嚙み砕き、甘酸っぱい果汁を二人で味わう。  後に残った種を互いの舌の上で転がしながら、ゆっくりと唇を離した。  俺は掌に種を吐き出すと、驚いたように見つめる夏生に笑いかけた。 「――あの時はごめん。ずっと謝りたくて」 「え?」 「俺も夏の恋にはいい思い出はないんだ。だから……あなたの事も敬遠してた。また苦しむのイヤだから……」 「苦しむ?」 「また、勘違いして……本気になったら捨てられて。そんな男なんだよ、俺」  デザートのガラスの器にはびっしりと露が付き、ジェラートはすっかり溶けて液体になっていた。 「小坂、くん……」 「ねぇ、それやめてくれない?あの夜と同じように呼んで欲しいんだ、あなたには」 「でもっ。俺は君に嫌われてる――っ」 「嫌いな男に自分からキスとかしないから」  夏生が言いかけた言葉を遮るように、俺は言葉を続けた。ここで立ち止まってしまったら、もう動けなくなりそうで怖かったから。 「俺……夏生さんのこと好きだったみたい。きっとあの夜、恋に落ちたんだろうね」 「――智也」 「これは“ひと夏の恋”だなんて、今更言わないでよ。俺――結構、本気だから」 「俺の方こそ……。君にそう言われる覚悟で……」  夏生はクスッと肩を震わせると声をあげて笑い始めた。今度は俺が驚かされた。  有名な商社の“専務”でありながら無邪気に笑う彼が可愛くて、俺は急に照れ臭くなった。 「あははっ!随分と遠回りをしてきたみたいだね、俺たち。どうしてもっと早く、素直になれなかったんだろう」 「――それは”夏の恋“だから」 「お互い探り合って、一度は諦めて……。でも、やっぱり忘れられなくて?」 「我慢してる事が苦しくなって……。今日こそはって心に決めて……」   「「会いたかった……」」  二人の声が重なって、周囲の視線が俺たちに一斉に向けられる。  そして、どこからともなく聞こえ始めた拍手がだんだんと大きくなり、俺たちを包み込んだ。 「――ったく、見ててイライラしたわ」  すぐ近くで顔を顰めながらも口元は笑っているバイト仲間の顔を見て、俺は自分たちだけが知らなかったサプライズだったことを知った。  スタッフも、今日ここにいるお客さんも皆、俺たちを祝福してくれている。  男同士だという偏見を気にすることなく――だ。 「え?えぇ?」  状況が掴めずにきょろきょろと周囲を見回す夏生にもう一度キスをする。  唇を触れ合わせたまま俺はそっと囁いた。 「一緒に帰ろう……。今日は絶対にすっぽかさないから」  眉を片方だけ上げてわずかに微笑んだ夏生は、俺の肩をそっと抱き寄せてくれた。  そして、チュッと音を立てて唇を啄みながら言った。 「君の大好きなフルーツとジェラートをいっぱい買って帰ろう」  嬉しさに涙が溢れる。  カラフルなフルーツは恋と同じ。酸いも甘いも、時に苦く苦しい時もある。いろんな感情を詰め込んだアラモードは俺たちの感情そのものだった。  それを全部ひっくるめて味わいたい……。  ほんの少しだけ秋の気配を感じる夜風が頬を撫でる。  彼との恋が熟する秋はもう、すぐそこだ。  なぜ、俺の大好物を彼が知っていたのか……なんて、無粋な事は今は聞かないで。  気を利かせすぎたスタッフがこっそり教えた?それとも俺が嬉しそうに食べていたのを見かけたから?  そして、ゴメンナサイ。  俺たちの恋は夏よりも前に始まっていたみたい。  でも、それは誰にも言わない。  だって、二人だけの秘密――だから。

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