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続・真夜中、執務室にて

 異世界召喚された先の就職先で、雇用主にマッサージされながら告白されましたなんだこれ。 「おまえのことが好きだ」  いやそんなどシンプルに言われても。 「心に留めておけ」  いやそんなすげー真摯に言われても。  いやいやいや。その、おれは、どうしたらいいのかわからない。  自慢じゃないが前世二十五年、告白されたことなんてない。  学生時代はいつだって家事とバイトに追われていて、ほとんど友達なんかいなかったし、胸踊る行事の記憶もない。修学旅行だって金がなかったから行かなかった。おれがゲイだってのを差し引いても、なんつーか人と触れ合うタイミングが皆無すぎてそれどころじゃないって感じだったし。  そんで卒業してからも金に困って困って、水商売の合間にイケメンの家に転がり込んでいたものの、家事をするセフレ扱いだったしなぁ……。こっちもアパート代が浮くってのが一番だったから、お互い様だったのかも。おれは、まぁ、多少は好きだったから色々悲しかったけど。  そんな思い出したくない数々のトラウマ人生の中で、イケメンからどストレート告白される、なんてイベントなかったんだよ。  少女漫画かよ。なんだよこれ。そりゃおれの言語能力も死ぬでしょ。え? とか、は? とかしか出てこないんだけどおれ悪くないでしょ?  ……だってゼノさま、イケメンだから。  おれなんかに惚れちゃうなんて、思ってもみなかったから。  しばらく混乱したあと、ゆっくりじわじわ恥ずかしくなって、ちょっと身体を起こそうとした……のに、グッとゼノさまの長い足がおれに巻き付いて引き戻される。 「心の内を吐露するタイミングではないだろ、というのは百も承知だ。だが俺は、器用な質じゃない。都度、嫉妬深く振る舞い、おまえに迷惑をかけるかもしれない。だから、知っておけ。俺はおまえを特別に好いている」 「……それ、あの、羽交締めにして言うセリフです……?」 「逃げようとしただろうが」 「距離を取ろうと思っただけですー! てか、嫉妬……嫉妬て。ゼノさまが? 嫉妬とかすんの?」 「する。している。毎日三度はおまえに伸びる友愛の手を叩き落としたくなる。己の度量の狭さに驚く日々だな」 「ヒィ」  み、耳痒い……!  首を逸らして見上げたゼノさまの顔は、いつも通りしれっとしている。それなのに言葉の響きだけは確実に甘くて、なんてーか、この前レルドさまのお住まいでぶっかまされた甘いチューを思い出してしまいそうになった。  痒くて痒くて、言葉の意味がうまくあたまに入ってこないんすけど。あなたがおれのことまじで好きなことだけは……伝わってくるけどさ……。  相変わらずパニックしたりあわあわしたりしてるおれを眺め、ゼノさまは少し複雑そうに眉を跳ね上げる。 「……嫌だったか? べつに、とって食おうというわけじゃないんだが……俺は、その……そんなに駄目か……」 「いや、その、だめ、では、……ない、ですけど……っ。だだだめじゃないんですけどおれほらこの世界の恋愛ルール知らんもんで……! ど、どうしたら、いいの、みたいな……っ」 「ああ。べつに、どうもしなくていい。といいか、どうにもならない」 「……うん?」 「色の種族には、恋愛における契約はない」  恋愛における契約。……恋人とか許嫁とか、そういうことだろうか。  それってどういう? とぐるっと考えて、やっとおれは思い至った。 「そっか。この世界、結婚がないんだ」 「相変わらず聡いな。レルドが気に入りやたらと褒めるだけはある。……この世界には婚姻がない。出産は白館に管理され、種は計画的に増える。街には女はいないし、いたとて召喚獣だ」 「はー。たしかに、結婚しないなら恋人もいらないのかー。え、じゃあ恋人関係っていうかカップルって存在しないんです?」 「いないとは言わない。同性の友人関係が発展したり、召喚獣と恋愛関係に収まったり、まぁ、それぞれだが圧倒的に少ないな。なにより白館は、子の生まれない婚姻関係を認めていない。この世界の恋愛は、結局は形のないぼんやりとした関係性にしかならない」 「はえー……そっか、まぁそうなりますよね。え、じゃあゼノさまはなんかこう、おれとどうなりたい、とかないってこと?」 「そうだな。好きでいることを許してほしい、という話だ。もちろん、できれば俺のことを好いてほしいとは思うが」 「……おれがゼノさま好きーってなったら、ええと、どうなんの?」 「どうもならない。形のある関係性はない。ただ俺が浮かれるだけだ」 「……ひぃ……」 「おまえ、さっきから若干失礼な反応をするな……嫌われているのかと身構えてしまうからやめろ」 「だってー……おれ、そんな、好きとか言われたことないんすもんー……」  これは事実だ。  ゼノさまのことがどうとか置いといて、言われ慣れてない言葉が痒くっていちいち『ヒィッ』としてしまう。  おれのいいわけを聞いたゼノさまは、ぐっと眉を寄せて、相変わらずのどストレートさで疑問をぶちまける。 「おまえの国は、自由恋愛じゃないのか? この前レルドとそんな話をしていたと思うが」 「自由っちゃ自由っすけど、ある意味自由すぎて選びたい放題だから、好き好んでおれなんかを選ぶ人いなかったっつーか……」 「元の世界では、好まれる容姿ではないのか?」 「どーっすかねぇ……まぁ、普通? か? って感じだと思いますけど……なんならおれが聞きたいくらいですよ。おれの何がゼノさまの琴線に触れちゃったの」  なんとなくハイになっちゃってたんだと思う。  ゼノさまのことはそりゃー、その、かっこいいし優しいし良い男だと思うし、好みかどうかって言われたらちょっと違うけど好きだと言われてぎゃーってなるくらいには嬉しいし。  この勢いで有る事無い事山ほど言われて褒められちゃいたい気持ちも若干、若干だけどあった。おれ、告白されたことないんだもん。  顔とか褒められたらどうしよう。声は? それともやっぱ性格かな? なんておこがましいほどドキドキしていたのに、ちょっと考えたゼノさまは馬鹿正直に言葉を放つ。 「……わからん」 「は? ……わから、……ええぇ……」 「そんな顔をするな、そりゃ今はおまえの一挙一動が愛おしいが……改めてなぜ恋に落ちたのか、と問われると、明確な理由が思いあたらない。強いて言うなら、俺に臆さない言動か……?」  なんだそれ。つかそれあれか? 俺なんかに気軽に近づくなんてなかなかいないぜ、みたいな?  つまりおれ、知らぬ間に『おもしれー女』ムーブかましちゃってたってこと?  でもそれ、なんか、おれじゃなくてもよかったんじゃ……みたいな気持ちが顔に出ていたらしく、かがみ込んだゼノさまの顔がグッと近づく。  いやいやいや近い近い近いイケメン近い! 「きっかけはわからん。だが、今俺がおまえについて好ましい、と思っている箇所ならいくらでも羅列できる。……するか?」 「いい! しないでいい! です! さーせんおれが生言いました! てか離してイケメン……っ」 「嫌だ。というかおまえのガチガチの懲りはまだ解れてないだろ。ほら、大人しくしろ。どうしたらこんなにかたくなるんだ……」 「わぁ。色気ないっすねー」 「……色気を込めて触っていいのか?」 「え、だめ。やだ。うわーってなってぎゃーってしちゃう」 「だったら黙って解されておけ」  仕方ないやつだ、みたいにゼノさまは笑う。  なんか、結局告られたおれは、どうしたらいいのかとか、どうすべきかとか全然わからないんだけど。  でも、ゼノさまは嘘を言わない。だからきっとこの人の『言いたかっただけだから、心に留めておけ』というのは、本当にそのままの意味なのだろう。  ……とりあえず、返事とかは求められてないみたいだし、ありがたくゼノさまの寛大な恋心に甘えさせてもらうことにした。  だっておれ、好きとかどうとか恋とか愛とか、考える暇ないんだごめんゼノさまのことはそのー……わりと、つか、かなり、えーと、好きだけど……! 「あ。ゼノさま」 「なんだ」 「右肩の方が気持ちいい。もうちょい強く押してもらってもいいです」 「…………おまえはいま、俺がなにを思ったらわかるか?」 「え。なに? 生意気なクソガキ? 調子付きやがって?」 「違う。わがままなハルイは貴重でかわいいもっと日々甘えてほし……」 「ぎゃー!」 「……本当に失礼なニンゲンだな」  もうほらそうやってふわって感じに笑いやがるから、おれはどうしたらいいかわからなくなるんだよ!

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