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今世はメシウマ召喚獣

「いざッ!」  バーン、とおれが出した皿の上には、どろっとした紫色の泥みたいなものにまみれた細長い麺状のものが、グッシャーって感じに盛り付けてある――そう、これはパスタだ! ……と思い込むことにしている!  いや、パスタだって。ほんとほんと。うん。だってちゃんと『パスタの試作品です』って言われたもん。ジャスパーさんが言ってたもん。白館の料理人がまさか嘘をつくわけがない。あの人は『金輪際、誰に対しても自らを偽らない』って心底誓っている筈だ。  今日も嫌そうに目を細めた黒館さまこと宵闇亭の当主さまことゼノさまは、怪訝な……というよりは完全にゲテモノ向けの視線を寄越してくださる。超絶心外だ。 「なんだこの……吐瀉物の中の糸くずのようなものは……」 「えーひどい。それはひどい暴言っすよ。大丈夫! 味はいけます見た目はちょっとグロいけど! メイディーもりもり食ってたもん! ギュ! っつってたもん!」 「おまえ、メイディーの言葉はわからんだろうが」  たしかにわからない。わからないけどわからないなりに相棒としてのコミュニケーションは培ってきたつもりだ。  あの『ギュ!』は確実に『おいしいよハルイ!』のギュだった。絶対。絶対にそうだ。  相変わらずこの世界の作物は色が不思議すぎて、作るもんすべからくドギツイ見た目になっちまう。見た目的なものがアレなのは、おれの腕前じゃなくって原材料のせいじゃねーの? と思うわけだ。  リットンさん最新作のトマトっぽい野菜も、やっぱりとんでもねー黒色をしていた。いい加減気づいたんだけど、どうも魔元素を取り込んだ食材は赤とか黒とか紫とか、そっち系の色になってしまうらしい。  白館がせっせと開発し、ジャスパーさんが『情報交換』という名目で流してくれる食材も、うっすらと赤かったり黒かったりする。ま、そういう世界だ、仕方ない。色はどうあれ、味がうまけりゃ問題ない。  あとたぶん、ゼノさまが毎度胡乱げな目でおれの料理をつつくのは、色とか見た目とかじゃなくって初期の頃に頻繁にゴミみたいな食材を試しに食わせてたからだと思う。てへ。 「おまえ、堂々と俺に木材や塗料を食わせてくるからな……」  ほら、やっぱり! いやおれが悪いです知ってます! 「今は反省してます! だってあんときは何が食えて何がダメなのかわっかんなかったんすよー。おれの世界……つか国だと、『え、それ食うの?』みたいなやつが珍味だったするし。虫とか菌類とか花とか木の芽とかぁー。もう試してみるしかないじゃん?」 「己の身体で試せ、俺で実験するな」 「だってすげー不信感丸出しで嫌そうに口つけるイケメン、グッとくるじゃん?」 「…………おまえ、加虐趣味持ちなのか……?」 「そんなまさか。普通です。普通にゼノさまが好きなだけです」 「好きと言っておけば許されると思うなよ……」  とか言いつつもさらっと許してくれるからイケメンだけど好きだ。ふふふ、相変わらずおれにクソ甘い。  ぶつぶつと不満を垂れ流すゼノさまは、すっかり馴染んだフォークをぶっ刺し、パスタもどきを掬おうとする……が、うまくいかないらしい。  そういや麺類ってハードルたけーよな、と今更気が付く。  パスタもラーメンもうどんも蕎麦も、子供に出していきなりちゃんと食えるかっつったらノーだ。つまり難しい。  悪戦苦闘しているゼノさまからひょいとフォークを取り上げ、くるくるとパスタを巻き付けると『はいどーぞ』と口元に持っていく。  片眉を上げたイケメンは、何か言いたそうだったけど諦めたみたいにため息ついて、おとなしく口を開けた。  うーん。……イケメンの餌付け、ちょっといいな。ゼノさまはほんとにおれの新しい性癖をどんどこ解放してくるな。よくないよくない。 「……まあ……味は確かに、悪くない、が。わざわざ棒状にして乾燥させてもう一度茹でる必要はあるのか……?」 「いやほら、それは備蓄のために……っあーそっかこの世界保存食とかいらねーのか……」  まあいい加減慣れたんだけど、気温は一定(たぶん空気中の魔元素のせいなんじゃない? ってレルドさまは言ってた)、季節なんてものもない。雨も降らなきゃ雪も降らないし、日照りもないから干ばつもない。そもそも食物は水と土と日光で育つわけじゃない。  魔力でフン! って感じに食材を調達できるなら、確かに保存食は必要ないよなぁ……。 「でもやっぱ生パスタだと輸送も面倒じゃん? おれ流石にパスタは作れねーからジャスパーさんに送ってもらうしかねーし。やっぱ乾燥してた方が楽っすよ」 「配送面での利便性か……まあ、それはわからんでもないが……しかし白館の料理人とあまりやり取りをするのは、俺個人としては推奨しがたい。だいたい、あいつは『チュウカのタツジン』ではなかったんだろ?」 「はあ。どうもただのイギリス人みたいっすね」 「なんで偽ったんだ……せめて国くらいは素直に申告すればよかったものを」 「まーまさかバレるとは思ってなかったんじゃないの? イギリスっつったらメシマズの聖地ってイメージ強いし。つーかゼノさま、ジャスパーさんの話になるとやたら突っかかってきますね。なに? ジェラシー?」 「そうだ。悪いか。許されることならばおまえのまわりからすべての男と女を排除したいと思っているくらいだ、実行しない俺の理性を褒めたたえてもらっていいぞ。……なんだ、その顔は。呆れたか?」 「うっさーい、きゅんとしてんのー」 「……相変わらずおまえの感性はよくわからん」  なんて言いつつも、ふわって感じで笑うもんだから余計におれはキュンとしてしまうわけだ。  はー、よくない。ゼノさまと二人きりで話してるとよくない、仕事中なのに甘ったるい会話しちゃいそうになるし、うっかり流れでちゅーとかしそうになる。  意図的に距離を取るおれの内心を知ってか知らずか、イケメンは『要検討、味はうまいが調達先に難がある。パスタ自体をメイディーが生産できたら考える』と厳しい評価を告げた。  まあ別におれは、ゼノさまにパスタ食わせたかっただけだからどうでもいいんだけど。群青ねーさんたち用のまかないメシは、きちんと水餃子を用意してある。水が白いせいでどう見てもミルク煮だけど、味は中華スープな筈だ。そろそろ、見た目に惑わされない強い心も培ってきた。  ……まだちょっと時間あるかな。もっかいさっきのアーンしたいなー。なんてそわそわしていたけど、すぐに夕刻の鐘が鳴り響く。  そう、勿論おれもゼノさまも、今日もしっかり忙しい。  今は絶賛黒期真っ最中。宵闇亭の繁盛期なのだ。  おれはさっと皿を撤収し、ゼノさまは席を立つ。開けて、と言わずとも、最近は颯爽と扉を開けてくれるから好きだ。イケメンのくせに優しい。つか最近はゼノさまの顔をイケメンってあんま思わなくなってきた。イケメンっていうか、おれが好きな人の顔って感じだ。 「本格的な黒期に入ってやっと落ち着いてきたが、まだまだ予断は許さない。生活の変化に体調を崩す群青も多い時期だ。悪いが食事中、何か変わったことがあれば報告してくれ」 「了解っすー。ゼノさま今日もお金レート計算?」 「俺がやらねば誰もやらん。手伝ってくれてもいいぞ。ああ、あと、花見の次の行事を考えておけ。おまえが提案する娯楽は、群青にも鉄紺にも受けがいい。……まあ、その、花見は大成功、とも言い難かったが……」 「ユツナキちゃんさんとカザナパイセンが張り切りすぎたんすよー次の幹事はフールーさんとユサザキさんが良いと思う。あと行事の前日は絶対におれはこの部屋に来ません」 「…………悪いとは思っている……」  ものすごく恥ずかしそうに目を逸らすこの男は、花見前日に見事おれを抱きつぶしやがった前科がある。  何がきっかけか忘れたけど――えーと、なんだったかな? ユサザキさんと一緒に蒸し風呂入ったのがバレたんだっけ? それともリットンさんちに泊りにいったからだっけ? レルドさまがまたチューしたからだったかも。わすったけど、要するに愛が暴走しがちなゼノさまも悪くないけど動けなくなるのは勘弁、って話だ。  つーか行事って言われても中々困る。さっきも言ったけど、この世界には四季がない。  宴会の理由って何があったっけ?  新年会、忘年会、納涼会? 暑くもなけりゃ寒くもないんだけど、納涼って意味を説明すんの面倒くさいな。月見は団子祭りになりそうだし、盆踊りはただのダンスパーティーになっちゃいそう。ああ、でも、ドシンプルにバーベキューとか……うーん、群青ねーさんたちには熱魔法陣はやっぱ危ないかな。ダーさんに危なくないバーベキュー台の相談したらいけるかも。  春も夏も秋も冬もない世界だけど、黒と白の合間に勝手に季節見出したって誰も怒んないだろう。おれがそう思い込めば、庭の青い花だって桜になる。 「あと一つ――」 「え、まだあんの。相変わらず要求がハードすぎませんか、いま両手塞がっててメモとかとれねーんすけど」 「まあ聞け、すぐ終わる。今日の群青は出ずっぱりで俺の仕事は深夜で一区切りする予定だ。宵の鐘が鳴ったら寝室に来い。……ああ、いや、来てくれ、頼む、そろそろ禁断症状が出そうだ」  必死かよ。お願いの仕方がかわいい。満点。言っとくけどおれは結構ゼノさまに甘い。  ゼノさまはクソ真面目で、仕事中はキスひとつしない。宵闇亭の従業員はみな平等、労働中に遊興にかまけるような例外は、当主であっても認めない。  馬鹿真面目なその性格も、ちょっとかわいいと思えてしまう。……恋ってやつは思いの外盲目だ。  しかたねーな、って感じで偉そうにオーケーを出すと、すれ違いざまに一瞬だけキスされた。……お願いは必死だったくせに、こういうとこでイケメン力を発揮してくるのはよくないと思う。  執務室を出たゼノさまは、二階の吹き抜けに面した露台に立ち、パン! と一回手を叩く。いつもの景気のいい柏手だ。 「さあ、夕刻の鐘が鳴ったぞ! 準備はいいか、心構えは万全か、部屋は清潔か、身だしなみは完璧か! 隣を見ろ、さあ指を差して隅から隅まで整えろ、無駄な口は噤め、黒期の終わりはまだ遠い、全身全霊で踏ん張り耐えろ! 群青も鉄紺も勿論のこと、俺とてただの労働者だ!」  宵闇亭のあちこちから、威勢のいい声が上がる。  その半分は虚勢と強がりだけど、客には決して悟らせない。気高く極上の群青。それを支える鉄紺。それが宵闇亭だからだ。  ゼノさまの力強い声を背に階段を駆け下りる。さあ、今日も忙しい。前世も結構忙しい毎日だったけど、こんな風に楽しいと思うことはなかった。心残りがない、とは言わないけど、この世界の生活に納得はしている。  悪くない。なんなら上々だ。だっておれには、くっそ甘くてかっこいい、最強の恋人がいるんだから。 「今宵も励め、働くものみな平等!」  黒館さまの声を背中に浴びながら、おれは仲間の待つ厨房に走った。  おれの今世は多忙、メシウマと評判の、ただのしがない召喚獣だ。

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