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痛くして
それから一目散に駆けて、二人は上履きのまま校舎の裏に出た。いつの間にか降り始めていた雨が幸いしてか、教師はあとを追ってこない。
雨は強く、ふたりを容赦なく濡らす。蛍は篤史の腕を掴んで、用具室に飛び込んだ。
「ばか、転校早々停学になる気か」
「だって、あいつ、ほたるんが敵う相手じゃ」
「ひとりで解決できた。今までずっとそうやってきた」
そんな言葉に、篤史の顔が情けなく歪む。なんだか子供が泣き出す直前みたいな顔だ。襲われかけたのは蛍のほうだったのに。
「……必要なときに助けを呼ぶのは、弱さじゃないよ」
かっと頭に血が上った。
おまえがそれを言うのか。よりにもよって。
「おまえのせいだろう! おまえが、嫌いって、大嫌いって……!」
さっき言葉を奪ったものとは別の力が、喉を詰まらせる。
気づいたら、抱きしめられていた。
「はな……せ……」
「ごめん。ほたるん。ごめん。ずっと会いにきたかった」
「うそつけ。だったらどうして」
わずかな逡巡のあと、篤史は告げた。
「――俺、domなんだ」
「俺、体が大きかったから、みんなより早く検査受けたんだ。それで、domだってわかった」
domという言葉を聞いただけで、体中の血が一瞬ざわつく。もしかして、さっきの感覚は――
「うちの両親とほたるんの両親で相談して、俺がちゃんと能力をコントロールできるようになるまで離れていようって……俺、子供だったから、上手く言えなくて、でも、突き放さなくちゃって思ったら『大嫌い』しか言えなくて。ほんとはずっと後悔してた」
「え……」
蛍が面を上げると、篤史は慌てたように弁解する。
「あ、さ、さっきは、了承を得ないでコマンド使ってごめん。非常事態だったから」
あのとき見せた鋭い眼差しはどこにいったのか、しゅんとする様子は、まるで股の間に尻尾をしまい込む大型犬のようだ。
「もう二度と承諾無しに使ったりしないから、安心して。セミナーに通ってみっちり訓練したから。domの力でむりやり従わせたりするのは、嫌だったんだ。――ほたるんが、好きだから」
あの日。
鎖骨の間でぱりんと砕け散ったなにかのかけらが、またちかちか光り始める。
まるで、暗い坑道で、掘り残された宝石の原石みたいに。
ほろっと、涙がこぼれ落ちた。
「ほ、ほほたるん!?」
篤史は絵に描いたように狼狽える。
「どっか痛かった? 苦しい? 無理矢理コマンド使ったから――」
蛍は、言葉もなくかぶりを振った
力が抜ける。今頃になって肝が冷えてきた。あのまま殴り合いになっていたら、きっと酷い目にあっていたはずだ。
そんな自分の前に颯爽と現れた、力強い背中。
あの瞬間、守られることにどれだけ喜びを――悦びを感じただろう。
蛍は戸惑う篤史のネクタイをひっつかみ、顔を引き寄せた。
唇が触れそうで触れない、ぎりぎりの距離で囁く。
「いいんだ。おまえだけは、おれを痛くしたり、酷くしたりして、いいんだ」
むりやりもぎ取られた魂の半分に、やっとまた出会えた。
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