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颯爽と彼は

 ぞくっと怖気が走って、蛍は息を詰まらせた。  殴ってでも取り返さないと。  でも、殴ったらこいつは教師に訴えるだろう。生徒会長が停学だなんて、前代未聞だ。  それでも、取り返さないと。  走ってあとを追おうとしたとき、 「――ほたるん?」  またしても篤史だ。  いいと言ったのに、あとをついてきていたらしい。 「なんかあった? 顔、真っ青だよ」 「なんでもない。今おまえに構ってる暇ないんだ」 「あれ〜? お友だち〜? そいつは知ってるの? 会長が」  全身の血が沸騰したように感じる。我を忘れて少年につかみかかろうとするが、相手はさっと身をかわす。 「待て……!」  嫌だ。誰にも弱味を握られたくない。支配されたくない。そのために、ずっと頑張ってきたのに。  後を追おうとしたとき、誰かが低く、しかしはっきりと強く告げる声がした。 「――ステイ」  ――どっと、心臓が貫かれるような痛みを感じた。 「え……?」  何者かに、直接心臓をひと突きにされたような感覚。体の制御を奪われる。呼吸が苦しい。一歩前に踏み出すだけのことがひどく難しく、蛍はその場に頽れた。  刹那、なにかが風のように隣を通り過ぎた。  がつ、と鈍い音が、身じろぎ一つできない耳に届く。  その背中――すっかり大きくなった背中は。 「――あつし、」  篤史は始めの一撃で吹っ飛んだ男に馬乗りになり、襟元をひっつかむと、さらに拳を振り上げる。制服のベストを着た背中からは、殺気が漲っていた。これほどの怒りに、蛍はかつて触れたことがない。  あの、穏やかな篤史が。  止めなければと思うのに、体が動かない。まるで見えない楔で廊下に打ちつけられてでもいるように。 「おまえら、そこでなにしてる!」  教師の声が廊下に響いた。我を失ったようになっていた篤史の怒りの気配が、ふっとゆるむ。同時に蛍の体も少しだけ軽くなった。その隙を逃さず、立ち上がる。 「――逃げるぞ」  落とした声で告げて、篤史の腕を取った。

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