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弱味
蛍はそのままこの街で中学生になり、高校生になった。成績はずっと優秀で、中学高校と生徒会長にもなった。
そして、高三の春。篤史は蛍の通う高校に編入してきた。
『大嫌い』と去って行ったのは自分のほうなのに、初日からなにか言いたげに蛍の周囲をうろちょろしてくる。意味がわからず、蛍は彼を避け続けていた。
「それ、持ってくの? 手伝うよ」
蛍の腕には、職員室を出るときに教師から預かった段ボールがあった。そのまま帰すのは勿体ないとばかりに、資料室へ備品を運ぶよう頼まれてしまったのだ。
「いい」
蛍はあっさりと断る。遺恨のある相手だからということもあるが、日頃から安易に人に頼らないようにしている。
――おれは、subだから。人に弱味を見せちゃいけない。
任意で受けるダイナミクス検査でdom/subどちらかに診断された場合、医療機関で適切な指導を受ける。が、たまによからぬ輩がいて、パートナーでもない相手を従わせるためにコマンドを使うこともある。もちろん蛍は身を守る指導を受けているし、抑制剤も飲んでいる。だから大丈夫だと言っているのに、母は毎日ああして連絡をよこす。
――心配しなくても〈あの日〉から、誰にも心を許さないって、決めてる。
蛍は篤史を無視して段ボールを運んだ。資料室は普段あまり使われない棟にあるせいで、人の気配があまりない。教師もここまでくるのが億劫で、蛍に遣いを頼むのだろう。
人が少ないのは好都合だ。蛍は荷物を資料室に置くと、ブレザーの内ポケットから錠剤を取り出した。
抑制剤だ。帰りに混雑した地下鉄に乗ることを考えると、そろそろ飲んでおいたほうがいい。
トイレに向かうと、突然飛び出して来た生徒とぶつかった。その衝撃で、錠剤が指先を離れる。
「煙草の、臭い――」
ここで隠れて喫煙を?
一瞬気を取られてしまったのが良くなかった。我に帰って薬を拾おうとしゃがみこんだとき、薬ごと手を踏みつけられた。
「……っ!」
「それ、抑制剤だろ。俺はノーマルだけど、クラブで見たことある。――会長が、subだなんてな」
少年の瞳に走るのは、か弱い動物を痛ぶる狐のような色。
保健体育の時間に〈ダイナミクスによる差別はいけません〉と教えられる。が、もちろん思春期の少年たちが、それを守るわけもない。
「薬切れで街に出たら、たちの悪いdomに襲われたりもするんだってな」
少年は蛍の手を踏んでいた足を離した。蛍は錠剤を握り込もうとするが、相手のほうが一瞬速い。さっと錠剤を掠め取ると、そのまま手を高くあげる。
「黙っててやるからさ、俺のことも見逃してよ」
「返せ……!」
「おっと」
少年は下卑た笑いを漏らしたかと思うと、ひらりと身をかわす。
「待て」
少年は、にやにや不快な笑みを貼り付けたまま、無言で錠剤見せつけてくる。黙っているから、なんて言葉を信用するほど蛍はおめでたくはなかった。
――弱味を、握られた。
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