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第1話

「このヤツって俺、読んだこと、あったっけ?」  30代も半ばに差し掛かった水坂(みずさか)の家に来た男・墨野(すみの)はそんなことを言い出す。  水坂と墨野は大学時代の同級生なのだが、一見、墨野は派手な男で、水坂は大人しめな男だと言うこともあり、大学時代からよく一緒に店に行って飲んでいる、と共通の知人達に言うと、意外だと言われていた。  ただ、水坂も墨野も酒は好きだし、食べものの好き嫌いもどことなく似ていた。  おまけに、水坂は大学生の頃からミステリー作家を目指していて、墨野は顔に似合わず、ミステリー好きで、古今東西のミステリーを読み漁っていたこともあり、二人で居酒屋に行った帰りはよく墨野が水坂のアパートに泊まって、水坂の作品を読むなんてことをしていた。 「これってどれだよって……あ、そっちの棚のヤツは没原だよ。ゴミだ、ゴミ!」  水坂は慌てて、墨野から没原稿と称した紙面を引ったくる。 『初恋はストリキニーネの味がする』。  実は、これは墨野が結婚してしまう時にやけ酒を飲みながら、書き殴ったものだった。

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