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第4話

「ま、悪いけどお前のファーストキスはオレがもらってるからな」  なんて言って、陽太くんは見せつけるようにスプーンの背にキスをする。  ファーストキス? 陽太くんが俺の? 「え、なにそれ」 「オレと結婚するって言って、誓いのキスしてるから。だからお前がこれからどれだけキスしようが、みんなオレの後だってことだよ。残念でした」  まったく記憶にない話に、とりあえずスプーンを置く。  その表情を窺ってみるけど、冗談を言っているわけじゃなさそうだ。  じゃあ、本当にしてるのか? 知らないうちに、陽太くんとキスを。そんなのって。 「お、覚えてないからそんなのノーカンだよ」 「お、なんだよ、じゃあ今するか?」 「いっ……!?」  動揺をなんとか隠そうとなんでもなさを装っても、陽太くんの余裕には敵わない。  思いっきり声が裏返って、両手で口を押さえて後ずさったら陽太くんがからからと明るく笑う。 「冗談だよ。意外とこういうの弱いよなお前」  言って、また子供扱いで頭をぐしゃぐしゃ掻き回される。その表情からして、よっぽど俺がうろたえていたんだろう。  そりゃそうだ。初恋の相手とファーストキスしていたと本人に知らされたんだ。動揺するに決まってる。顔だけじゃなくきっと耳まで真っ赤になってるはずだ。 「インタビューされたらファーストキスの思い出で語っていいぞ」 「言えないよそんなの!」 「ちなみにその後ももう一回オレだからノーカウントにもできないな」 「そ、そんなしてるの?」 「必然的にオレのファーストキスもお前だからまあおあいこだ」  なんだか妙に上機嫌なのは、お酒のせいだろうか。そんなに弱くないはずだけど、陽太くんは機嫌がいいとよく笑う。  目つきがちょっとだけきつくてまっすぐ人を見ることで睨んでいると間違われる陽太くんだけど、笑うと昔みたいに子供っぽい。  その昔に、俺はこの人とキスをしてるのか。 「えっと、ごちそうさまでした。これ持ってくね」  口元がにやつきそうで、誤魔化すように最後の一口を頬張って、美味しくいただいてから自分と陽太くんのお皿をキッチンに運ぶ。  洗い物をする俺の背中に、なぜか届く陽太くんの小さな笑い声。  なんだろうと振り返れば、ほとんど入っていない缶を呷りながら口元をむぐむぐさせている。なんだろうその表情。 「なに?」 「いや、いくら図体がでかくなろうが、誰にどうモテようが、一華はずっと一華のままだなって」 「……なんかわかんないけどバカにされてる?」 「してねぇよ」  大人になっても中身が育ってないというのは悪口じゃないだろうか。それなのに陽太くんはそれを否定してピースにした指を両方とも俺に向けた。カタツムリの目みたい。 「お前もうちょっと人の視線とか思惑に敏感になった方がいいぞ?」 「なに言ってんの陽太くん。俺アイドルだよ? 芸能界にいるんだからそれなりに擦れてますし」  当然のことを今さら言われて、濡れた手を拭いてから腰に当てて胸を張ったら苦笑いされた。頼りなく見えるかもしれないけど、仕事場ではちゃんとしてるのに。 「そーですか。で、お前今日泊まってくの?」 「あ、そうだった。泊まるー。陽太くんの家だとよく眠れるんだよね」  言われて思い出した。明日は早朝からドラマの撮影があるから早く寝てコンディションを整えないと。元々陽太くんの家にはしょっちゅう泊まっているから、今さら遠慮はない。なんなら朝起こしてくれるから遅刻の心配がなくて助かるんだ。 「……そーゆーとこだよ」 「え、なに?」  そんないつも通りの俺に対して、なぜか陽太くんはため息をついてぼそりと呟いた。なにか変なことを言っただろうか。 「なんでもねー。さっさとシャワー浴びて寝ろ。すやすや眠ってしまえ」  急にふてくされた陽太くんに追い払われて、なんだかわからないけど足早にバスルームへ向かった。  ファーストキスが陽太くんだったという驚きの話は聞けたけど、陽太くんにとっては全然なんてことないことのようだし、この調子じゃ俺の気持ちが届くのはいつになるやら。  まったく。とっても鈍い陽太くんのせいで、こっちはいつまでも初恋継続中だ。

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