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「節分」
「おまたせー啓介、食べよ」
「ん」
食事の用意の後、トイレに行って手を洗ってたオレは、先にテーブルについてた啓介の向かいに座った。
今日は節分。そんなに興味も無かったけど、まあスーパーで見かけたし、たまには良いかと、恵方巻を買って来た。
「いただきまーす。あっち向きだよね?」
オレが言うと、啓介は、ん?と止まった。
「え、向こうやない?」
「え。あっちでしょ?」
2人で、顔を見合わせて、ぷ、と笑ってしまう。
「方角確かめよ。ちょお待って」
「うん」
啓介がスマホで確かめてるのを、じっと待つ。
「なあ、ついでに調べて、これって食べる時の決まりあんの?」
「ん。待って」
「うん」
「毎年 向き違うんやて」
「そうなの? 知らなかった」
「北北西やて。北があっちで……やっぱ、向こうやん」
「危なかった」
あはは、と笑うと、啓介が苦笑い。
「で……食べてる間は、願い事をしながら終始無言やて」
「え、喋っちゃいけないの?」
「そうらしいで。願い事しながらやて」
「目はつむる?」
ふ、と視線を向けられて、啓介にぷ、と笑われる。
「なして目ぇつむんのや?」
「願い事するから」
「あぁ…なるほど……」
くすくす笑いながら、啓介は、頷いてる。
「ええんやないかな、目ぇつむらなくても。とにかく無言で食べろやて」
「えー……なんかすごい笑っちまいそう……」
「笑うなや? お前笑ろたら、絶対オレも笑うわ」
「えーそんな事言われたら、絶対笑うー」
「――――……」
「――――……」
「これ絶対、笑うよな、オレ達」
すでにオレ、爆笑しそうだもん、と言ったら。
啓介も、すでに可笑しそう。
「じゃあ…笑ってもしゃべらなければええんやない?」
「そうだな、無言。言葉、言わなきゃいいんだよな」
「……まあ、ほんまはきっとあかんのやろうけど」
クックッと啓介が笑ってる。
「ま、やらないよりいいって事で。じゃあ、笑ってもしゃべらないで、食べ終わろうな」
「ん、そーしよ」
で。食べ始めて。
……笑っちゃダメってなると、絶対オレ、笑うとは思った。
で、案の定すぐ笑っちゃったのだけど、啓介は何か耐えてるみたい。耐えてる啓介を見たら爆笑しちゃいそうなので、もう、目ぇつむって、モグモグモグ。
無心で食べてたら、その内、笑うのも我慢出来て。
目をつむって、啓介を見なかったのが良かったのかも。
で、食べ終わって。
啓介を見たら、啓介も食べ終わってお茶を飲んでた。
「何とか喋らず食べたよな?」
「お前は笑ろてたけどなー。しかも何で目ぇつむっとねん。吹き出すとこやわ」
「啓介見たら爆笑しちゃいそうで」
言いながらお茶を飲んでいたら、不意に啓介が立ち上がった。
「お茶おかわり?」
「いや」
オレの肩に啓介の手が触れて。
ぺろ、と口元舐められて、最後に軽くキスされる。
「――――……醤油がついとったから」
クスクス笑って、オレの頬を摘まむ。
「っ言えばいいだろ 舐めんなよっ」
……恥ずかしいなっ!!
よしよし、とオレを撫でて笑いながら、啓介は席に戻る。
「何願ったんや?」
「言っちゃだめだろ、願い事」
「そうなん?」
「なんか叶わない気がしない?」
「なら、黙っとこ」
「うん」
笑って頷くと、諸々買ってきてたおかずを食べ始める。
「……まあでも、オレほとんど叶ってるような感じするからいいんだけど」
「そうなん?」
「うん。……来年も、食べような?」
「あぁ。ちゅーか、再来年もやろ?」
「そうそう。その次も。また方角調べて。オレ間違えるから」
「えーよ」
「唐揚げも買おうなー」
「はは。えーよ」
啓介が可笑しそうに笑う。
なんか、言いたいこと言いあって。
笑って。楽しくて。
今すでに叶ってるんだけど。
このままずっと、って思ったけど。……ずっとじゃなくていいや。
来年また願うから、1年間分、叶えてくれたらいいなあ。
なんて思いながら。啓介と、いつも通りの時間を、過ごした。
♡2022.2.3 節分♡
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