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お客さん

「ありがとうございました」  お釣りを差し出し、ニコリと笑う姿に目を奪われる。 ──時間潰しのために入った本屋のレジに、彼は居た。  恋愛として、誰かと付き合った事は何回とある。  けれど彼と出会った時は、今まで経験したどの恋愛とも違うと感じた。  もっと話してみたいと思う。  一緒に出掛けてみたいと思う。  自分にだけ、特別な対応をして欲しいと思ってしまう。  そんな事を、突然伝えられるはずも無くて……その場はすぐにレジを離れた。  後が詰まると迷惑を掛けてしまう。  だから、通ってみるしかなかった。  頻繁に通って、彼が大学生のアルバイトだと知った。  何曜日がシフトで、いつも補充をしているのがミステリージャンルの棚。任されていると言う事は、彼も好きなのかもしれない。 ──ある時、棚の整頓をしている彼に、思い切って話し掛けてみた。 「すみません、この本を探しているんですが……ありますか?」  彼が得意だろうミステリーで、少しマイナーな新刊を尋ねる。 「あ、これですね」  内心緊張している僕とは対象的に、彼は落ち着き、慣れた様子で答えた。 「向こうです」  案内をしてくれるようで、すくっと立ち上がり、僕の前に立つ。 ──目が合って、距離も近くて、ドキドキする。  所詮、客と店員の距離感だが、それでも十分に嬉しかった。  本当に人を好きになるとは、こういう事なのかもしれない。  そうだとすれば、これが僕の初恋になるのだろうか。 「ありがとう、助かりました」 「この作家さん、面白いですよね。俺も新刊チェックしてたので、すぐ分かりました」  まさか、彼の方から話をしてくれた。 「何かあれば、また声を掛けてください」  けれど僕が何かを返す前に、彼はお辞儀をして、すぐに戻っていく。 ──テキパキと動く彼の後ろ姿を見つめた。 「この前はありがとう」 「あ! 俺も新刊読みましたよ」  彼が居る時を狙い、適当な雑誌を持ってレジへと並ぶ。  そうやってせめて、些細な会話を少しずつ繰り返した。 ──いつか連絡先を聞こう。  どうするのが良いだろうか。  シフト上がりを待つ?   もう少し通って、もっと親しくなってから?  彼が使う駅で出待ちしてみる?  偶然を装って、学校の近くを通る?  彼の部屋に電気が点いたのを確認してから、今日も悩みながら家に帰った。

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