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零
※攻めでも受けでもない第三者視点。本編は次からです。
ひとつ不思議な話をしたい。
それは僕の学園で中学から高校の今までずっと人気がある二人の生徒について。
彼ら二人は多芸多才でそれだけでも人気になるのは当然だけれど、堅苦しい学園に不釣り合いな雰囲気を持っていた。
窮屈な全寮制の男子校なので眼鏡をかけて制服をキッチリ着るような模範的な生徒より彼ら二人は圧倒的な人気があった。
如何にもな不良ではなくちょい悪。
ときにダサさすら感じるセンスを見せてもこれはこれで凄いとか笑えるからこそ親近感が湧く。
人気が出ないわけがない二人はセットといって差し支えなかった。
ただ不思議なのが生徒会長にピッタリなストイックで時にクレイジーな藤高さまが生徒会長ではなく、遊び人でフラフラとした快楽主義の水鷹さまが生徒会長を務めていることだ。
水鷹さまは生徒会なら会計かそもそも生徒会役員にはならなそうなタイプに見える。
責任など背負いたがらないという顔をしている。面倒を嫌い自分の好きなことだけをして生きていたいと思っていそう。
だからすでにこの時点で二人に違和感を覚える。
歴代の生徒会役員はそれぞれ役職毎で性格が似ていた。
それは周囲の期待に応えてあえて肩書きにハマるために演技をしたり、先代から教育を受けた結果いつの間にか先代と似た性格になったりとそれぞれ発生原因に違いはあっても似ていて系統というものがあった。
もちろん、個性的すぎてその役員の性格の枠にハマらない人間だっているし、見かけのイメージと肩書きで判断されて少し話せば全く違う人格だと判明する人だって過去にいた。
それでも僕たちの中に以前の生徒会役員たちの知識からこういう人が会長だ、こういう人に会長をやってほしいそんなイメージがある。
藤高さまはそれでいうと会長職がとんでもなく似合っていた。
見た目も言動も成績や教師の覚えなんかも全部なにもかもが会長に相応しい人だった。
僕らは当然のように藤高さまが会長になると思っていた。
でも実際は違う。
中学でも高校でも藤高さまは生徒会長にはならなかった。
それは選ばれなかったとか誰かの反対にあったというわけじゃない。
辞退して水鷹さまにその席を譲ったのだ。
友人のために譲るのならそう不自然なことじゃないかもしれない。
家や今後のことがあるからこの学園で生徒会役員をやることで得をする生徒は少なからずいる。
高校で藤高さまは水鷹さまの親衛隊の隊長になった。
藤高さまの人気を考えると本来ならありえないことだ。
中学の時はどの生徒も人気があっても親衛隊としての規模は控えめだ。
高校になると部活動の代わりのように盛んになる。
横や縦での繋がりに力を入れだすからかもしれない。
この学園の高校で得た繋がりは一生ものだと言われている。
高校で生徒会会長になれば知名度は大幅に上がり水鷹さまの今後の人生は安泰だろう。
相手を立てて自分は一歩下がるのはコンビとしてよく見る形だ。
藤高さまが一歩引いたことはそこまで驚くことじゃない。
ただこれは普通の友人関係ならという注釈をつけたくなる。
彼らの力関係からするとこの藤高さまが一歩引く状況は奇妙奇天烈摩訶不思議。
真面目でストイックそうな藤高さま。
不真面目を絵に描いた軽いノリの水鷹さま。
その見た目のまま軽いノリで水鷹さまは藤高さまを構いに行く。
藤高さまの雰囲気からして過剰な接触は嫌っているのか邪険に対応されていることも多い。
それでも友人関係が成立していることが不思議な二人だ。
けれど、どこからどう見ても仲はいい。
大きな言い争いを二人がしているのは誰一人として見たことがない。
「今日のごはんは、なんですかぁ?」
明るくわざと調子を外した水鷹さまの声が食堂に響く。
それに対して低くけれど艶のある美声で淡々と藤高さまが言葉を返した。
「日替わり定食のことならマグロの炙り丼。俺が頼むメニューのことなら季節の彩りテリーヌ」
「えぇ!? あれキモくない? 触感悪いし見た目だけ料理だよ。藤高の格好つけ」
「俺はトマトが食べたいんだ。放っておけ」
「ミネストローネかピザにしよ。ってか冷製パスタでよくない? あ、和風だからイヤなのか、わがままさんめ」
「水鷹、料理人にレシピ変えさせたら紐なしバンジーしろよ」
「ちょっとお願いしてみるぐらいよくない? ダメなら断るでしょ」
ウインクする茶目っけたっぷりな水鷹さまを藤高さまが軽く蹴る。
食堂を歩いていく最中に漏れ聞こえたやりとり。
二人の仲はこの会話だけ、雰囲気だけでも見てとれる。
水鷹さまだけに砕けた口調で対応する藤高さまは教師に接するように上級生に対応するし、同級生や下級生も一定の距離を保つ。
だからこそ生徒会長になったならとても様になると誰もが思った。
水鷹さまもまた藤高さまに毒づかれるのを楽しみにしている節がある。
拗ねたりしている姿はよく目にするし構ってほしいと訴えてうざがられているところもよく目撃する。
二人の友情が水鷹さまからだけの一方的なものなのかといえば全然そんなことはない。
何だかんだと言いながら藤高さまが水鷹さまに手を貸さない時はない。
ここまでなら何の疑問もない。
相性が悪そうに見えて実はとても仲がいい二人、という単純な友情の話で終わる。
二人が交際を申し込まれた時の断り文句が「水鷹(藤高)の好みじゃなさそうだから」という理由なのはどういうことなんだろう。
僕が問題にしたい不思議なところは正にここだ。
稀にお互いに恋人が出来たと聞くことがあっても長くは続かない。数日で別れたという噂を聞く。
二人の間に友情以外の何物もないように見えるのに友情だけではおかしな気配がある。
藤高さまが水鷹さまの親衛隊長を勤めているので実質、水鷹さまの親衛隊は二人分の親衛隊と言える。
親衛隊の親衛隊は作ってはならない決まりになっているので藤高さまに近づきたい藤高さまを思っている生徒は水鷹さまの親衛隊に入るしかない。
人気のある生徒二人分なので親衛隊としての規模は学園一だ。
そんな人数の多い彼らにあの二人をどう思っているのかと聞けば統一された答えは返ってこなかった。
人数が多い分、見解にばらつきがあるのは仕方がないかもしれない。
狂信的に藤高さまを好きで水鷹さまをオマケ扱いする人間がいれば、水鷹さま至上主義だからこそ藤高さまを尊敬してついていくと言う人間もいる。
軽いノリが目立つ水鷹さまを嫌う生徒は少なからずいるけれど藤高さまを嫌う生徒は数少ない。ただし、藤高さまを盲目的に崇めているような人間はどこの層からも疎んじられていることが多い。
不思議なバランスの中でこの学園内の空気は成り立っている。
少なくとも高校の新学期がすこし過ぎたばかりの時期はそうだった。
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