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四
水鷹の部屋で水鷹がこれから抱く男を愛撫するのはまるで肉の下ごしらえをするシェフだ。
肉を焼くという見せ場は人に譲ってあくまでも下味をつけるだけ。
やわらかくなるように刻んだ玉ねぎを包丁の背で叩いた肉の上に乗せておく。
熱したフライパンである水鷹がシャワーを浴びてやってきたので「どうぞ」と俺は水鷹の食べる肉を見せる。
肉扱いは人間に失礼かもしれないが水鷹に食べられるためだけの存在でしかない。
尻をいじめていたアナルパールは相当気持ちいいのか口に猿ぐつわをつけられた肉というよりむしろ穴は身悶えた。
役目は終わったとばかりに俺は穴の反対側から感じる縋るような視線を無視して部屋から出ていこうとしたが、水鷹にとめられる。
耳元で「連日でゆるくなったみたいだから、いっしょに入れよう?」と囁いてくる。最低でひどいやつだ。
性欲処理に使っている穴とはいえ肉ではなく人間なのですこしは考えて小声になるという配慮をしたらしい。この言葉を聞いて喜ぶ人間はそうそういない。
断ったところで水鷹をすねさせて面倒なので俺も参加した。
二輪ざしがされる側にとって気持ちがいいのかはともかく水鷹のモノと自分のモノがこすれあうので俺は気持ちがよかった。
肉体的な気持ちのよさというより水鷹との密着感がよかったのかもしれない。
受け入れている側に無理を強いているとは思うが体勢のせいか水鷹とキスが出来たり手や肩に触れられて嬉しかった。
道具の整備だと思えば穴を洗浄するのは気にならない。
俺と水鷹の精液をかきだして労りの言葉をかけて求められたら甘く優しく抱いてやったりキスを贈って頭を撫でる。
それだけのことで満たされたような顔で忠誠を誓う彼ら水鷹の親衛隊員。
便利な道具だと思われていることを自覚しながらも身を任せる彼らはどうかしている。
俺もまたどうにかなってしまっている。
「ねぇ、藤高さま! えっちしましょうよぉ!! ねえねえっ」
一学年上の生徒会会計に呼びとめられる。
こういった誘いは数多い。
水鷹のせいで俺の貞操観念は低く見られている。
「そういう誘いは受けていません」
「受けてよ、受けて!! 水鷹ちゃんに事後報告しとくし」
「せめて水鷹の許可を取ってください。まあ、水鷹が許可しても俺は誘いに乗りませんけどね」
「なんでさ!! 愛をくれよ、愛してよ」
会うたびに自分を好きになってくれとアピールしてくるセンパイに俺は辟易していた。
口調はかわいげがあるが見た目は俺よりもゴツイ。身体に厚みがある。
顔はブサイクではないけれど繊細な美少年イメージから勘違いナルシスト野郎にシフトチェンジした現在は生徒会における色物枠だ。
面白い人というのも生徒会には必要なのだろう。
昔を知っている生徒ばかりなので彼を見て笑いが起こる。
蔑んでいるというよりも本人が芸の一部としているので成長した今の姿をみんなで笑う持ちネタにしている。
これはこれで水鷹とは違った意味で尊敬できる。
道化を自分から演じようと思う人間はそうはいないだろう。
人を笑顔にしたいと思っても笑われるのは拒否感がある。
普通はできないことをする人間を俺は尊敬する。だから、センパイであることを抜いても会計をそこまでぞんざいには扱わない。
「抱きたくないっていうならこの際、抱いてあげてもいいんだからね!?」
「お断り申し上げます」
「なんでそんな冷静に淡々と返事すんのさ? もっとこっちの気持ちを考えてよ」
「見込みがないことを伝えんのも優しさだと思いますんで」
「敬語を崩した時の声の感じが死ぬほど好き。面倒くせぇなコイツっていうのが副音声で聞こえるよぉ。溜め息つかせたい生徒ナンバーワン!!」
「なんですか、その理不尽なランキング」
「藤高さまの呆れかえった声、だいしゅきぃ」
すがりついてくるセンパイを無理やり自力で引き離すのも骨が折れるので大声で「助けてぇ! 犯される!! 逆レイプされる!!」と金切り声で叫ぶ。運動部から文化部、見知った顔から初めて見る顔までいろんな生徒がかけつけてきた。みんなの優しさプライスレス。
複数の運動部が使っているグラウンド前であり文化部の部室棟で言い寄ってきたらこうなるだろう。
棒読みで「たすけてー」と言えば水鷹の親衛隊である俺の部下たちが困惑しながらもセンパイを引き離してくれた。
たとえ会計がセンパイであったとしてもそのあたりは俺の言葉を優先する。
「じゃあ、みんな部活に戻ってくれ」
散れと合図すると微妙な顔をしながらセンパイを捕まえている生徒以外が帰っていく。
センパイがその場でターンすると水鷹親衛隊は呆気なく地に伏せる。ひねり運動は痴漢されたときに振り払う動作としてもそれなりに優秀らしい。今はごつくてもセンパイも昔はうるうるおめめの美少年だったから護身術は当然叩きこまれているんだろう。
水鷹親衛隊は基本、水鷹が抱く用の低身長でかわいい子たちなので力は弱い。武道派をそろえる意味もないのでゴツイ人間はほぼいない。
俺が敵わないセンパイに力で親衛隊のもやしっこたちが太刀打ちできるはずがない。簡単に振りほどかれるのは自明の理。
センパイも馬鹿じゃないので別に親衛隊に怪我をさせたりしないし本気で俺を狙ってはこない。
「これから転入生が来るんだって知ってるよね? 水鷹ちゃんが夢中になるようなかわいい子だよ? いいのぉ」
「それはよかったんじゃねーんですか」
「全然そんなこと思ってない癖に! まったくもうもう、牛さんかな?」
「あのバカがバカなことして犯罪者にならないように見とかないとってちゃんと思ってますよ」
「バカの面倒なんてそこらへんのバカに見ててもらえばいいじゃん。おにいさんとえっちぃことしようぜぇ~」
水鷹親衛隊員を指さして言いたい放題なセンパイに俺は肩をすくめる。
罵倒され慣れていないおぼっちゃまはショックを隠しきれずに涙目だ。体も心も脆弱で人の助けが必要そうなので俺以外の誰かに助けを求めてもらいたい。生徒会長の親衛隊にいる上に水鷹のお手つきということで偉そうに立ち振る舞う彼らは人から見下されることはないんだろう。
「水鷹のバカはバカなんでバカにしていいっすけど、この子たちは成績優秀で見た目だけじゃなくて内面もかわいいんだから虐めてたらセンパイが嫉妬してるって思われるよ」
俺の言葉に内面がかわいい水鷹親衛隊は赤面して喜びを隠しきれない顔で「藤高さま」「藤高さま」と囀る。
適当に頭をなでておくと俺のためなら死ねると呟きだす。物騒な言動は慎んでほしいが道具のメンテナンスは必要だ。
いつまでだって扱いやすいかわいさを持っていてもらいたい。
「藤高さま、なでるのはその見かけ倒しなやつらだけ?」
「センパイのそういうとこ、かわいいよね」
頭を突き出してなでられたがるのでセンパイ。
なでるのはそう労力もないので気軽になでてやることにしている。
俺に抱きつこうとするのは先ほど決意した通りに水鷹親衛隊が決死の覚悟でとめてくれた。やっぱり優秀でかわいい頭の中身をしている。
火事場の馬鹿力はさすがというべきかセンパイの手は俺に届かない。
死にそうな顔で「ぼくたちが抑えているうちに」と言ってくれたのでセンパイと親衛隊を放置して俺は目的である生徒会室に行くことにした。
とりあえずは水鷹のご機嫌うかがいだ。
人は誰もが毎日食事をするがその日によって食べたいメニューは変わる。
水鷹も毎日セックスをしたがるがその日によって相手は変わる。というか変えたがる。
メールか何かで連絡をくれればいいんだが生徒会室にこもっていて俺と顔を合わせる時間が短いと水鷹は癇癪を起こす。
いわく「親友と語りあう時間もとれないとかマジ地獄! ありえない!! あっちゃいけない! ってことで、疲れたオレを癒すために大親友である藤高はオレを甘やかす義務があるから甘やかしてね!!」らしい。
さっさと甘やかさないと「甘やかせ、もっと甘やかせ。これ以上のないわがままを聞けぇ」とバカみたいなことを言ってくる。
三男坊は人生を舐めきっている。
俺が水鷹を好きじゃなければとっくに縁を切るレベルでアホでバカで自己中だ。
「でも、こんなオレも好きだろ」
笑う水鷹に思わず息を飲む。
別に俺の気持ちを知っての発言じゃない。
「友達やめるなんて言わないよな? ね? 藤高さま?? おーい、藤高?」
無言だったせいか水鷹がすこしだけ不安げな顔からだいぶ情緒不安定な表情になった。
そんな顔をするならとっと前言を撤回してほしい。
生徒会室をたずねた俺に水鷹は言った。
転入生を自分に惚れさせるというゲームをすると口にした。
さきほどセンパイである会計から聞いていたので覚悟していた転入生の話。
こういった方向の話になるのは目に見えていた。
水鷹の好みの小奇麗な顔の転入生がやってくる。刺激に飢えた水鷹が何もせずに素通りするわけがない。
今回は俺の手を借りずに自分でアプローチを仕掛けるという。
それは今までのようなお遊びではなく半分ぐらいは本気ということだ。
ただの性欲の捌け口のための穴ではなく相手の人格を知ろうとしている。
水鷹はゲームだと嗤うけれど俺からすると期待に輝いた瞳は新鮮な喜びに満ちている。
この学園に水鷹は飽きたんだろう。
生徒は変わり映えがない。
俺がいることでセックスの相手に困らなすぎて日々の張り合いがなくなったはずだ。
自分が不要なものになっていく感覚に水鷹のことを無視して生徒会室から出る。
泣きそうな声で水鷹に名前を呼ばれても振り返ったりしない。
怒っているとか不機嫌だというわけじゃない。ただ胸騒ぎがした。
水鷹が転入生とどうにかなってもならなくても俺との関係は変化する。こういった予感は外すことがない。
もし、水鷹と関わりあいにならなくなった俺はどうなるんだろう。
俺に何が残るんだろう。
自分のことばかり考えて俺はいろんなものを見落としていた。
たとえば水鷹のゲームの参加者に勝手にされた転入生の気持ちなど考えたりなどしなかった。
学園の空気がどうなるのかもまた想像したりしない。
俺は究極的には自分のことしか頭にないので組織のトップになれない。
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