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九
水鷹が俺に優しい。
病院から学園に帰ってきたときからその傾向はあった。
出会った頃からずっときつく当たられたことはなかった。水鷹はそういうキャラじゃない。
誰にでも優しいわけではないけれど、無駄に暴力的でもない。
見た目からして規則は守る気がなく遊んで暮らしていきたいという顔を水鷹はしているが雑で無神経であっても攻撃性は低い。
だから、遊んでばかりいないで生徒会長ぐらいやればいいと周りを誘導した。俺は味わいたくないけれど苦労をすればいいと水鷹に対して思った。そしてまた、大部分の人間も水鷹に対して同じことを考えていたからこそ俺の考えは成功した。
人生を楽しんでいそうな人間が苦労をすればいいなんて、やっかみだ。
俺は大衆心理を利用して自分がするべき責任から逃げて水鷹に押しつけた。
水鷹のフォローをしたり享楽に付き合うことでそういった罪悪感はチャラにして俺たちの関係は対等になった。少なくとも俺はそう思っている。
実際のところ水鷹が俺をどう思っているのか聞いたことはない。
聞かなくても日常的に親友だと言っているのでその通りなんだろう。
そういうところで水鷹は嘘や冗談は言わない。
問題は親友の定義とか、俺がこの先、親友以上になれるのか。
希望なんかあるのか、期待をしていいのか。
俺と水鷹の関係における最大の焦点はそこじゃないだろうか。
自分の気持ちを自覚して絶望したし、伝えないと決めても親友以上をいつだって望んでいる。
一方的な愛で満足しているわけじゃない。
傷つきたくないから行動を起こさないだけで勝算があるならすぐにでも告白する。水鷹を俺だけのものにしたい。
頭の中が空っぽそうな水鷹が今後、俺の責任を本当にとるつもりでいるのか聞きたい。
転入生を遠ざける狙いからそう言ったのか聞きだしたい。
けれど、聞けない。聞けるわけがない。
宙ぶらりんのままでいれば水鷹の冗談に乗ったという形で恋人気どりが出来る。俺はいつだってずる賢い。
水鷹の恋人という言葉の響き、想像だけで俺のテンションは上がっていた。
今の今までどれだけ苛立ちを溜めこんでいたのかがわかる。
三日ぐらいで別れる女や男のために俺との約束が後回しにされる屈辱を堂々と批難できる。恋人という肩書きを得たことによって今まで許していた水鷹の快楽優先な行動を止める権利を得られる気がする。
その場になったら水鷹に口先だけの文句を言いながらいってらっしゃいと見送るしかないかもしれない。それでも、気持ちは以前とは違う。
自分は止められる立場にいないと落ち込むんじゃなく、本命の余裕として止めずにいるんだとバカみたいなことを考えていられる。心の持ち方が違う。
俺は俺を救うすべを誰よりも多く持ち合わせている。
自分がどう感じるのかなんて分かりきっているから前もって心に保険をかけていく。自分の弱さを誰かと共有したいとは思わない。
そのせいで間違っているとわかっていても好きな相手といっしょにどうでもいい女を犯したり男を犯したりできる。
自分の生きざまが最低だと思っても好きな気持ちを止められないからどうしても水鷹ありきで物事を考えてしまう。
同時にそれは自分の心の安心を一番に設定している結果でもある。
俺は俺を傷つけないように生きている。
水鷹から親友だとすら思われないような自分にならないように振る舞っている。
それは思い返せば醜悪で人から水鷹のせいで変わったとか、水鷹がいたから俺がこうなったと批難される理由を作り上げていた。
水鷹寄りの人間以外から反発されるような言動を俺がとって俺自身の株が下がって水鷹の好感度も下がってふたりして底辺になっても俺が水鷹から嫌われなければどうでもいい。
男としての尊厳を著しく傷つけられて再起不能だと泣き喚きたい日もあったりするけれど水鷹との縁は切れない。
水鷹を好きすぎてどうにかなっている俺は自分のことなど何一つしない男がクソマズイ料理を作ってきたことに感動している。
他人からすれば些細なことだったり、喜ぶ理由が分からないことでも俺は水鷹が自分にしてくれたということだけで幸せを感じられる。
なんとも頭の中がかわいいことになっている。
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