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鷹視狼歩とは誰のこと

 身体が熱い。頭がおかしくなりそうだ。  下半身の感覚がない。チンコ腐るとか叫びながら後ろから藤高に覆いかぶさって腰を振っている。  ドラッグやってると言われたらだよねと返したくなるぐらいにハイになっている。  コックリングのおかげで早漏という障害を乗り越えた精神的余裕からかオレは藤高とのセックスのことで頭がいっぱいになった。ここで死んでもいいぐらいにメチャクチャになりたい。メチャクチャをしたい。    藤高がいやがってドン引きしてオレから離れていくぐらいの行動をしたい。  遠くに行かせるつもりなんかないくせに藤高がオレについていけないと口にする場面を想像せずにはいられない。    情けない、恥知らず、最低だと罵って軽蔑して幻滅して唾を吐きかけて去っていく姿を見てオレがどう感じるのかを知りたくなる。  藤高がオレを好きじゃなくなってもオレは藤高を好きなのか観察したい。試したい。知りたい。  泣きながら腰を振って吐き出せない熱が頭をおかしくさせていく。    何かを、誰かを、大切にすることをオレは今までしたことがない。    赤く染まった藤高の背中。  オレの歯型のついてしまった白く綺麗な首筋。  ふんどしを解いて筋肉質な尻から出入りしている赤黒くて鬱血しているのかヤバイ色をしたオレのチンコ。  息子はオレの勝手な行動で死ぬのかもしれない。  藤高の息子を殺しかけたんだからオレも息子を殺すべきかもしれない。    嫌われたくない気持ちと嫌われた後の自分の状況を考えて考えてそれに興奮するオレの異常性をオレ自身が持て余していた。    騎乗位の時にすこしだけ聞こえた藤高の喘ぎが完全に聞こえない。  気絶してしまったのか、痛みに耐えているのか、後ろからだと分からない。  すでにオレの顔を見たくないのかもしれないと思うと快楽以外の涙が流れる。  情けなくて自分のことが嫌になる。格好よくキメたいなんて藤高の前で出来るわけがなかった。  今まで誰か越しだった好きだという感情の熱量がダイレクトに藤高に向かう。  他の人間がいたなら藤高の目線もオレの意識もそれることがあったけれど、今は違う。  ふたりしかいない空間でふたりだけで交じり合っている。    望んでいたようでいながら、ボタンを掛け間違ったような不安感が瞬間瞬間で襲いかかる。  射精していないけれど達してはいるから時折、熱を失った冷静な思考が戻るのかもしれない。    藤高の背中に爪を立ててしまってそのことに怯えて腰を引くとそのまま抜けてしまった。  もったいないと思う気持ちと狂ったような自分の状態を落ちつけたいとも思って「ふじたか、たすけてっ」とオレはシーツを握りしめて口にする。  熱い身体が急速に冷めていく。  繋がっていたはずなのに藤高が遠い。  涙ぐむせいで視界がかすんで前が見えない。  心細くなっていると「バカか」とオレの頭を軽くはたいて藤高がコックリングを外してくれた。  噴水みたいに勢いのある射精かと思ったら漏らしたみたいにキレのないだらだらと精液を垂らす。  藤高が先っぽを刺激し続けるとぶしゅっと何かが噴き出た。尿というよりたぶん潮。  驚いているオレに「続けるか? 今日はもうシャワー浴びて寝るか?」と頭を撫でながら聞いてくれる藤高。  もしかしたら藤高は神様がオレにくれた人類最後の希望なんじゃないだろうか。    世界を滅ぼすスイッチを手渡されたらオレはためらわずに押す派だ。  全部まるっとリセットするのが一番いい。  でも、藤高がいるからこんな世の中でも我慢してやろうと今は思える。    涙とか鼻水とか涎とかをタオルで綺麗にふかれて藤高の胸を舐める。  順調に藤高の乳首が育っていることに満足感と安心を覚えて吸いつく。  このまま眠ってもいいような落ち着いた気持ちとは裏腹に息子はやはりどうしようもなく藤高の中に入りたいと駄々をこねる。藤高に挿入したまま寝たい。    さすがに断られるかと顔を上げると藤高がケータイをいじっていた。  まさかの浮気。    このタイミングで他人と連絡を取り合うなんて信じられない。  乳首を噛んでも「右やったら左もやっとけよ」と格好いい返事しかない。   「誰と連絡とってんの」 「んー」 「酷いよ、酷過ぎるよ」 「んー」 「オレだけ見てよ」  藤高の胸におでこをこすりつけると「おまえしか見てねえよ」と惚れるしかないことを言われたけれどオレは騙されない。   「この状況でケータイとかありえないっ」 「ってもなぁ」 「もうこれから寝室にケータイは禁止って決まり作るからね!」 「前会長が転入生を刺したって」    藤高の言葉に目が点になっていると「ご丁寧にムービーつきだ」と猟奇的な動画を見せられた。  何がどうしてこうなったのかは分かっている。  分かり切っている。    オレが種をまいて芽が出るのを待っていた愛の形だ。  前会長の藤高への執着心は知っている。  卒業する前に藤高の中に入り込みたがっているのも知っている。  それが無理だと割り切っているのすらオレは知っていた。    それでも、転入生が刺された理由はわからない。   「俺の役に立つってこういうことじゃねーだろうに」    深く息を吐き出す藤高の目はせつなそうに細められていた。  きっと藤高にこの表情をさせるために動いたのだ。  優しいからたぶん藤高は口にする。「俺のためにこんなことしないでください」とそう言うんだ。  前会長は言うだろう。「きみがおれをそうしたんだ」と。そして、選択を迫る。   「俺に好かれたいのか嫌われたいのか」 「どっちだっていいんだよ。藤高に選んでもらいたがってるんだ」    許すか許さないか。  愛するか愛さないか。    そこにある好意をなかったことにしないための行為。    愛情の示し方としては大間違いでも他の方法は封じられてしまった。  どんな言葉も行動も藤高には届かない。  でも、藤高を山波と呼び続ける転入生はほんの少しイレギュラーだ。      転入生だけは藤高がこの世で一番聞かれたくないだろう事柄に無遠慮に触れてくる。  だからこそ生徒会長にして自分の目の届かない場所に追いやろうとした。  親衛隊の誰かが言っていた。   『どうして山波は山波じゃなくなったんだ』    そう残酷すぎる言葉を藤高に投げかけたと漏れ聞こえた。  問いかけに答えを返す義理はない。  それでも藤高の中でいくつかの返事が用意されたに決まっている。  個人的な話だから口にはしなくても砂を食んだ気分だろう。      立ち上がった藤高は服を着てそして、行ってしまった。  オレに相談もしないし、振り返ることもない。  さびしいと思ったその瞬間、オレは自分のランキングが変動していることに気づいた。    オレの一番大切なものは藤高じゃない。    ずっと勘違いしていた。  瑠璃川水鷹、オレは、鷹の目なんて持ってはいなかった。  何も見えていなかった。

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