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三十一

 持つ者と持たない者がこの世界にいるのだと親衛隊になってしまった元友人である彼は口にする。  俺が「持っている者」だから、この先の将来のことを見据えて生徒会長の役職を通過してほしいと彼らは考える。  今後の俺に有益だと信じて俺のことを思っているからこそ彼らは俺に生徒会長をやってもらいたがる。  そのことはわかっている。  この学園で生徒会に入るのはある程度の基準をクリアしなければならず、立候補してなりたいと言って簡単になれるものじゃない。  事実、会長になろうと行動を開始した転入生は速攻で潰される段取りが組まれた。  今回は俺を思って動いた人間が主犯になってはいるけれど彼らが動かなければ前会長や現在の生徒会役員のためとして誰かが何かをするだろう。    大人しく、比較的平和な生徒たちがいるはずの学園の中であっても生徒会周辺についてはデリケートな話になる。  生徒の代表として壇上に立ち自分たちより一段上だと認めたい人間を生徒会に押し上げている伝統がある。生徒会としての仕事がどういったものであるのかは問題じゃない。今までの学園生活で刷り込まれた生徒会への強制的な尊敬の念というものを誰もが軽視できない。    自分たちの上にいる俺を見てみたいという単純な欲求と将来的に俺が大物になるという確信からの後押しは俺にとってはありがた迷惑。    本来、こういった期待は有り難く受け取るものかもしれない。  将来的にかならずプラスになるのだから避けて通る意味もない。    過ぎた謙遜は嫌味にしかならないと思われてしまうので俺は自分がそんな器じゃないあまり口にしないようにしているが、見ていたらわかる。水鷹のほうがリーダーをするのは似合っている。  周囲が水鷹よりも俺を支持するのは前会長が原因だ。水鷹の素行不良による好感度の低さよりもこの点が大きい。    彼らには俺が強く優秀で素晴らしい人間に見えている。  これは人目を気にした立ち振る舞いをしていたので俺の自業自得なところはある。  それでも押し付けがましい期待を俺は背負えなかった。  背負いたくなかった。  生徒会長になりたくないのは責任をとりたくないからだ。  楽をしたいというよりも俺は俺以外のどんなことも背負いたくない。    責任が生じる事柄から逃げ続けてきた。     『お父さんとお母さん、離婚しようと思うの』      あれが言葉通りだったのか今もまだ俺にはわからない。  大人の駆け引きだったのか単なる母の弱音だったのか親の気持ちが俺には伝わっていない。    ただあの時、俺に責任を背負わせようとしていたのはわかる。  俺の言動で離婚を考え直したりどちらかが俺を引き取って育てたりという話になるはずだ。  普通ならそうなった。   「誰にも押しつけたりしない」    繰り返してから嘘ばかりだと自分でツッコミを入れたくなった。  俺はずっと彼らの気持ちを顧みることはなかった。  傷つけても構わないと無視を決め込んで愛情を逆手にとって力技で黙らせていた。   「会長のことなら水鷹に押しつけたんじゃなく、水鷹が請け負ってくれたんだ」    気を利かせたのか静かに室内に入ってきた水鷹は前会長といっしょに転入生をシーツに包んで運ぼうとしていた。  手を止めて水鷹がこちらを見る。  自分の名前を呼ばれれば黒子に徹しようと思っても話に入ってきたくなるかもしれない。  前会長が邪魔をしないようにと水鷹に身振りで伝える。  会話に加わりたそうな顔をしながら水鷹は前会長に従って転入生を連れて行った。  俺の腰にさり気なく自分の上着を巻きつけて転入生に強制的に露出させられた下半身を隠してくれた前会長には頭が下がる。あの人は転入生が死体でも同じ行動をしそうな冷静さがあるから参考にしたい。   「フジくんの代わりは誰も出来ない」 「レイ、俺はおまえたちが思うような人間じゃないとわかってるだろ。俺はちっぽけだって近くで見てたならわかるはずだ」  俺しか見ていない状態だからか外野がどうでもいいからか部屋の外の声が聞こえるが無視してくれている。扉が開いたままなせいで「消毒液どこ~」という水鷹の間抜けな声に反応されたらさすがに俺もやりにくい。  真面目な話をしたいのでこの集中力は有り難い。 「藤高さまは遠かった。遠かったから近づこうと思って親衛隊に入ったらもっと遠くなっってしまった。フジくんって呼んだらそれだけで制裁対象なんですよ。心の中で藤高さま藤高さまって繰り返して、でも僕はずっとフジくんって呼びかけたかった。中学の時に筆記用具を貸してくれてうれしくてうれしくて、僕はずっとあの日々が続いてほしかった」  藤川(ふじかわ)零(れい)は中学の時に限らず五十音順でグループ分けをするときにいつも同じ班になる。  そのため他の同級生よりも友人と言って差し支えない関係に早くからなっていた。  地味ではあるが美人で成績上位者であり控えめで慎ましやかな雰囲気はクラスの中で話しやすい人間だった。  水鷹の好きなタイプにピッタリと当てはまっている気がする典型的な耐え忍ぶ性格。  だから、レイが行動を起こすのは意外だった。 「親衛隊に入らなくたって、教室で話が出来たじゃないか」 「ダメなんですよ。僕たちみたいなそこそこの人間じゃ声をかけるのが許されない。仮に藤高さまが声をかけてきても当たり障りのない返事しか許されない。そうじゃないと学園の秩序は崩壊してしまう」    そこまで大げさではないけれどセンパイたちに言い含められたんだろう。真面目なタイプだからこそレイは頭から信じ込んでしまったのかもしれない。    センパイは後輩を脅すのが文化だと俺に甘い会計センパイが言っていた。間違っていることを間違っていると後輩が反発するか、それとも納得できなくても従うのかを上級生として見なければならないと笑っていた。    会計は俺には甘いが一般生徒には大きな顔をして威張っていたのかもしれない。  これは大いにあり得る話だ。  本人はネタの一環だとしても会計の言葉を額面通りに受け取って脅し文句としてとらえられた可能性は高い。  生徒会というだけで発言内容は本人のところで終わらないこともまた問題を大きくする。  発言した場面やその雰囲気、言葉の中身を吟味することもなく言葉が独り歩きする。  これは水鷹を批難するときによくあった。  俺が水鷹の言葉を聞き流していて水鷹が必死に何かを訴えている場面だけを切り取って俺は水鷹に迷惑しているとか瑠璃川の力を使って俺に取り入っているという印象操作を行うのだ。    閉鎖空間の同調圧力はなかなか馬鹿にできない。  間違っていると思っても否定したら自分が攻撃される対象になるかもしれないと恐怖から従ってしまう。  誰かがおかしな発言に同意すると周りもまたおかしいと思いながらも従わなければならないという気持ちになってしまう。  無意識に周りと足並みをそろえようとする。    俺と水鷹はそういった空気をぶち壊していた。  自分たちの好きなように動いていた。学外のこととはいえ中学から不純異性交遊はよくないと教師に小言をもらったのは一度や二度じゃない。それでも気にすることなく学園生活を送っていた。  俺たちの生活態度は最低だったが平和で堅苦しい停滞したような学園の中にある変わり種は輝いて見えたりするのかもしれない。    水鷹の言動を自分本位で最低だと否定して俺から離れてほしいと思う一方で俺のことは自分を曲げることがない人間だと褒め称える。自分を曲げない人間が水鷹といっしょにいる時点で同類のクズだと思うべきだ。    ともかくレイが言うには自分の思っている通りの言動が許されるのは「持っている者」だけということになる。  レイが「持っている者」になるために親衛隊に入ったそれ自体はよくある動機だ。   「僕はフジくんに、藤高さまに、ここにいて良かったんだって、僕がいて良かったんだって思ってもらいたいんです」    その慟哭を聞き流すほど最低ではないがレイの手にある転入生のナイフを見て落ち着いて話ができるか不安になる。  視線を部屋の扉の方に向けると水鷹と目があった。  てっきり転入生の手当をしていると思っていたが役立たずだったんだろうか。  前会長だけの方が手際がいいかもしれないが覗き見しすぎだ。  最悪なことがあっても即死を避ければなんとかなると思うと気分が軽くなる。    俺の視線に気づいたレイは激昂してナイフを突き刺した。  ベッドに向かって。    何度もベッドをナイフで刺す姿は狂気が滲みすぎていた。  引き裂かれて使い物にならなくなるベッド。  ときどきナイフを取り落しかけるレイ。    転入生のナイフが肉厚のサバイバルナイフではなく鋭いけれどしょぼいおかげで取り扱いに失敗して自分の指が落ちるということはなさそうだがグリップを握りこみすぎているので多分あとで手が痛くなる。     「僕たちはみんな、あなたがた二人が憎くてたまらないのかもしれない」      泣くレイにベッドが水鷹が俺に特注でくれたものだから学園の備品じゃないぞとは当たり前だが言えない。  きっと別の意味で泣きたくなる値段を請求しなければならない。

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