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三十七
男同士のセックスを肯定的な視点で見れないのは水鷹が俺を抱きたいと思うはずがないという先入観だけの問題じゃない。
アナルセックスに生理的な嫌悪感があったのかもしれない。
自分では偏見など持っているつもりはないけれど水鷹が真面目な顔で約束事を並べてくる度に心の底から安堵した
尻と性器は許可なく舐めない。
舐めた場合は歯磨きをするまでキスしない。
指を穴に入れる場合はコンドームを使う。
素手で触れたらウエットティッシュで除菌する。
行為の最中は言葉をなるべく控えめにする。
出来るだけテンションを上げ過ぎない。
そして、俺の嫌がることは一切しないと水鷹は口にした。
どこまで信頼に足る誓約かはともかく俺は俺の問題点がすこし分かった。
陰茎への物理的な衝撃だけではなく性的な快楽を悟られないように押さえこんだ結果としての不能や不感症ではなく自覚のない潔癖症から身体の反応が悪いのだというのは納得できる。
自分から相手に触れるのは構えていることもあって気にしないが他人に触れられるのは好きじゃない。
ベッドの中で抱き合うのはそういうものだと割り切った上でやっていたけれどやらないでいいならやりたくはない。
道具のメンテナンスだと思って俺は我慢して人を抱いていた。
けれど、これから先は違う。
俺は我慢して水鷹に抱かれるわけじゃない。
両思いである好きな相手に抱かれるのだ。
「オレは藤高になんでもしたいけど、藤高が微妙だって思うことはしない。踏み入らない」
水鷹はこう言ってみせるがどうせ我慢が出来なくなって俺に頼み込んでくるだろう。
それでも、いい。
水鷹が水鷹なりに反省点を見出して改善しようと考えているそのことが嬉しい。
俺のことを一番大切にしている自分自身よりも優先する水鷹が嬉しい。
矛盾しているようでいてねじれながら普通の場所に着地している俺たちは迷惑な人種だろう。
両思いのふたりの間で何も手に入れられないレイを含めた親衛隊や俺のことを好きな彼らを不幸だと思ったが今日も元気に生きている。
転入生もまた元気だ。
転入生と親衛隊、彼らの欲求は俺をどうにかしたいというもので一致していた。
だからこそ同族嫌悪で潰し合いかけていた。何より水鷹が煽って争わせていた。
けれどあの一件で「俺をどうにかしたい」ではなく「俺にどうにかされたい」にベクトルが変わった。
俺に求めるのではなく俺を待つ形になっている。
以前から誰もが待ってはいたんだろうけれど飢餓感が薄まった気がする。
水鷹が俺が気持ちよくなる方法を考えろという役目を与えたからかもしれない。
求めて欲しがって食らいつくそうとしたり俺を操作しようとする雰囲気が消えた。
主人にだけ従順な顔をしながら無駄吠えが治らない犬たちは散歩をねだることに余念がなかった。
今はきちんと一人遊びのやり方を覚えた。そんなところだ。
それこそが水鷹の最終的な目的だったんだと思う。
他人に振り回されたくないと望む俺のために主導権を握る状況を作り出す。
趣味の一環で深い意味のない娯楽の可能性もある行為だが俺のことを全く考えなかったわけがない。
水鷹の中にある正しい姿に世界をチューニングしただけかもしれないが俺が楽になったのは事実だ。
そして、俺を楽にすることにかけて水鷹よりも上を行くような人間はきっとどこにもいない。
手錠と目隠しを用意して「藤高が慣れるまでこういうのも全然あり!!」と言ってくる。
俺の触れられたくないところ、見られたくないところ、心がざわついて安心できないことがなんであるのか正確には分からない癖に対策だけはしっかりしてくる。
水鷹が俺のどんな姿にも幻滅しないとわかっていても心のどこかで今までの相手と俺は比較する。
自分が美人でかわいいわけではないと知っているからこそ心のままに喜べない。
これはたぶん理屈じゃない。
頭の中で水鷹が俺を好きなのだとわかっていても期待外れを味わわせるかもしれないというプレッシャーがある。
水鷹には何度でも挑戦すればいいと言えるが自分に対しては一発勝負で勝たないと無意味だと思っている。
だからこその手錠と目隠し。
問題は俺と水鷹どちらがつけるのか、ということ。
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