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鷹を養ってお願い!

 鷹を養うごとしという、ことわざがある。  心のねじれた人を使うには、その欲望を満足させないと不平を言って従わない。  十分に満足させたら反抗する。  与え過ぎても与えな過ぎても上手くいかない。  それは鷹を飼うことに似ているらしい。    普通ならそんな苦労をする鷹を好んで飼おうとはしない。  生活のために仕方なくオレを使うのではなく、好きだからという理由でそばにいてくれる藤高は奇跡の体現者みたいだ。    オレは藤高のどんなところだって好き。  マイナス面なんか見えない。  不器用さも頑固さも藤高を形成する要素なら悪く見えることはない。  他の誰かだと許せない言葉でも藤高の口から出てきたら反射的に賛成する。  オレの主張なんて藤高の考えの前ではゴミだ。    藤高とオレは根本的な感覚を共有できているけれど、なにもかもが同じじゃない。  だからこそ惹かれ続けている。    藤高には藤高のルールがあって誰をも受け付けない場所がある。  どんな場面であったとしても藤高は藤高以外になりたがらない。  それはとんでもなく格好いい。    他人と一線を画した状態で、それでも、オレに対してすごく甘い。  オレのすることを許してくれる。  藤高がオレの勝手を受け入れてくれる姿に愛されてるって思って嬉しくなっていた。  そして、甘え続けていたけれど、このままじゃいけない。    オレの望みだけで世界が形作られることはない。  当然の話だ。    藤高にとっての心地の良さがなければオレたちの関係は先に進めない。  いくら藤高が頑張ってくれても無意識の部分で藤高は藤高をやめない。  オレほど藤高のことを考えて、藤高を知っている人間はいないんだから状況を改善できないはずがない。      無抵抗主義の提言。  藤高にすべての権利を譲渡し、待ちの姿勢。  という嘘。  必要なのは建前だ。  主導権を持っていなければ藤高が落ち着かないなら、明け渡す。  実際はともかく大切なのはオレの姿勢だ。  藤高が求める誠実さとは藤高を傷つけない立ち振る舞いのことになる。  自分を優先しすぎない。    オレに対して触れたいのに触れたくないとたぶん藤高は思っている。  いつでもオレから触れたがるから結局、べたべたくっついているけれど、それはある意味で藤高を無視している。  触れたくないという部分を藤高は見ないふりをする。  それはストレスになり身体の反応の悪さに繋がる。  触れたくない気持ちを飛び越えてオレを求めてほしいが、藤高のまぶしいほどに強い精神を思えば無理だ。  オレは藤高に触れないと死ぬけれど、藤高はオレに触れなくても死なない。  オレの負けが確定している根気比べなどする意味はない。    藤高の中にある薄い膜みたいなものを突き破るために必要なのは時間じゃない。    誰にも触れさせない場所にオレは手を伸ばすことを許された。  だから、意思表明をして藤高に安心安全であるアピールが必要だ。  乱暴に触れるんじゃなく段取りを踏まなければならない。    オレの気持ちのままにキスをして泣かせたあの日と同じにならないために藤高にあった、藤高のためのやり方がいい。    藤高はオレが服を脱ぎ散らかして部屋を汚くさせても呆れながら許してくれる。  けれど食事の前に手を洗わないのは許さない。    ナイフとフォークで切り分けるクレープしか食べたことのない藤高は初め片手で食べられるジャンクなクレープを食べたがらなかった。  だが、オレはウェットティッシュを取り出すことで藤高にクレープを食べさせることに成功した。    藤高がグルメでそこらへんで買った食べ物を口にしたくないというわけじゃない。  特別すごい潔癖症だというわけでもない。  ただなんとなく嫌なんだろうと思う。  藤高本人から聞いていないけれど、見ていればわかる。  中学のころにオレたちはあっちこっちで食べ歩きをした。    たこ焼きもからあげも食べるのにクレープに微妙な反応する。  たこ焼きもから揚げも箸かつまようじがついてくるがクレープは紙をはがしつつ食べる。  クレープもアイス系ならスプーンをつけてくれるかもしれないが藤高はアイス否定派だ。  だからこそのウェットティッシュ。  それにより藤高は抵抗感なくクレープを口にした。  オレの推測の正しさを証明していた。    藤高は嫌なことは絶対にやらない。  同時に藤高はオレにとんでもなく優しいとふたつのことを合わせて考える。  藤高の感覚や藤高の感性に寄り添おうと思えば思うほどオレは最大級の違和感にぶち当たる。  つまり今までオレが藤高に甘えてエロいことをしていた件についてだ。    不感症になってしまっているのは他人の体温や体液に触れるのが嫌だから。  生理的に無理だというほどの強い嫌悪じゃないせいで藤高自身、気づいていないかもしれない。  オレのために藤高が藤高を曲げていたのかと思うとたまらない幸福感があるけれど、今の状況をそのままにできない。  藤高の息子の完全復活は他の誰でもないオレが握っている。  願望ではなく確信している。  男は誰でも絶対に射精したいからだ。  精液を吐き出してスッキリしたい気持ちが藤高にだってある。  でも、きっと透明な防御膜がある。     藤高の複雑な気持ちを解決する最強のアイテム、手錠。  クレープに対するウェットティッシュみたいなものだ。    お手軽な拘束をお約束するアイテムに目を見張ったあと、藤高は笑った。  つまりそれは許可だ。    転入生の股間をこのまま踏み抜いてやろうかと見下ろしている時のクールな感じに近い。  けれど、オレはオレへの愛をビシビシ感じる。  転入生なんて知らないヤツだね。    手錠とアイマスクを手にして藤高は目に見えて肩から力が抜けた。  指輪を捨てたときと同じだ。  オレの言葉が届いた時と同じで、藤高の許可するラインに近づいた。  たぶん、そういうことなんだろう。    じゃんけんで連続してあいこという仲の良さを見せつけた結果、オレと藤高がそれぞれ手錠目隠しプレイをすることになった。  今回はオレがつける番。    藤高の息子が元気なのが嬉しくて「元気のバロメーターが正常に活動している」と撫でながらつぶやいた。  ムッとしたのか荒々しい動作でアイマスクをつけられた。  裸でベッドにアイマスクをつけて寝転がる。  今までやったことのないプレイかもしれない。    ドキドキしてはち切れそうな股間を藤高がそっと触れる。  藤高の爪はいつも艶があって美しい。  爪が痛むから藤高は爪切りを一切使わない。爪やすりで磨く。  オレの知らないオシャレな世界だ。  この話題で女子力が高いと女どもがキャーキャー騒いでいたけれど、どちらかといえばスタイリッシュで格好いい。  見えないところもきちんとしているのはとても藤高らしい。    藤高の爪をオレの先走りの液体が汚しているのはどこまでも最高にエロい。  顔を近づけて匂いを嗅ぐような仕草は卑猥の一言だがオレは何も言わない。  アイマスクをつけているので見えていない、そういう設定だ。    もちろん、最高の瞬間を目に焼き付けたいのでオレがつけているのは、なんちゃって目隠し。  多少は見えにくいが我慢も時には必要だ。  藤高はオレに見られたくないあるいは見られていることを知りたくないと思っている。  ある意味、性的なものを神聖なことだと捉えているのかもしれない。  欲望にがっつくオレとそれを冷ややかに見る藤高。  この温度差を埋めないとならない。  そのために最初、藤高がオレのために折れてくれた。  好きにしろと藤高は藤高の身体を差し出してくれた。  でも、オレは藤高を全部丸ごと欲しかったから身体だけでは淋しかった。  だから逆に今度はオレが動かないし、見ていないという顔をする。  藤高に熱くなってもらうためにオレが控えめにならないといけない。    アイマスクが目隠しになっていないことはすぐにバレるかもしれない。  それでも、藤高は本気で怒らないに決まっている。  今までだってずっとそうだった。  呆れて溜め息を吐きながら「そんなことだろうと思っていた」と口にする。    藤高に必要なのは免罪符かもしれない。  誰かに対するものではなくて藤高が藤高を許すための理由づけ。

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