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第3話

「ついでに言うと、俺が振られたというと、お前がすぐに来て優しい言葉をかけてくれて一緒に飲めるから、その優しさを利用したところもある」 「……じゃあ振られてまたすぐ付き合うのって」 「付き合わなきゃ別れて慰めてもらえないだろ」  開き直ったようになかなかひどいことを口にする正宗は、女の子にとって最低の男だろう。  ただ、それが全部自分のためだったと言われて、それでもその行為を非難して席を立てるほど俺は純粋じゃない。  どういう顔をしていいのか、解けた水がメインになったグラスを呷ることで誤魔化しながら考える。 「初恋、ね……」 「親友を疚しい目で見ていたことに対しては当然罪悪感を覚えていた。だから隠し通そうと思っていたし、実際そうしてきた。だけどいい加減無駄に時間を消費している気がしてな。思いきって本人に聞いてみることにした」 「どのタイミングでどんな思いきり方してんだよ」  思わずため息が洩れる。  まさかの初恋同士。  それを、こんな記念日でもない日の、個室でもない居酒屋で、酔ったついでに知るなんて思わなかった。 「振られ慣れてるのはお前も知っての通りだ。だから素直に答えてくれ。気を遣わなくていい。断られたら泣くかもしれんが」  胸を張って構える正宗の姿は妙に男らしい。  その言い様も快活で体育会系らしい潔さかと思いきや、最後に付け足された言葉で台無しになった。それはもはや脅しだ。 「……お前、意外と屈折してるのな」 「回りくどかったとは思う。ただ、男同士だし、親友だし、俺が自分の気持ちを言ったことでお前との関係を壊したくなかっただけだ。だけどよく考えたら庵は美人だし、お前はああ言っていたけど普通に誰かに取られるかもと思ったら恐くなった。なんなら想像だけで泣きそうだ」 「しっかり酔ってもいんのねお前……」  アルコールのおかげで饒舌な正宗にさらりと褒められて、呆れながらも頬が熱くなってしまう。  ああ、どうしよう。全然想像もしていなかった正宗の告白。それが、嬉しくないわけがないのに。  あまりに突然すぎて、気持ちがついていかない。  嬉しさを簡単に飲み込めるほど幼くない。夢のように酔いが醒めてなくなってしまうことなんじゃないかと、手放しで喜べない。 「俺じゃ庵を幸せにはできないか?」  黙り込む俺に、正宗はさらに言葉を重ねてくる。そんな、プロポーズみたいなセリフが似合う精悍な男になってしまった。俺がしていない恋愛経験を積んだ男は、俺よりも強い。 「……なあ。俺のいいところはいっぱい知っているし、すぐ次が見つかるんだろ? これが次にはならないか?」  こんな展開になるだなんて当然想像もしていなかった時の俺のセリフを持ち出して、そんな口説き方をされて、落ちないでいられるほど俺の恋心は死んでいなかったらしい。  伸ばされた手に恐る恐る自分の手を乗せると、そのまま力強く握られた。手ぐらいなら何度となく握ったことはあるけれど、じゃれ合いではなく意味のある繋ぎ方は初めてだ。 「じゃあ、まあ、これが『次』で」 「よし、『最後』だな」  握手の形に握り直して、正宗が俺の言葉を訂正する。  次の相手ではなく、最後の相手だと。 「回り道したが、これからまたよろしく。これからは今までの分遠慮なく好きだと言うからな」 「お前ってそんな性格だったっけ?」  まっすぐすぎる宣言に、さすがに照れる。  繋いだままの手をぎこちなく動かして、せめて声だけは平静を保ちたかったけれど無駄だった。 「実はだいぶ舞い上がっている。なんせ初恋の相手だからな。酔わなきゃ告白さえできなかったんだ」  鼻息荒く本音を漏らしてくれる正宗は確かにいつもよりテンションが高い。だからこそぶつけられる一言一言が俺にクリティカルヒットしまくって、そろそろノックダウンされそうだ。  本当に、俺が必死で気持ちを隠していたことがバカみたいじゃないか。 「どうだ。実る初恋だってあっただろ?」  俺の嬉しい落胆を知る由もない正宗の得意げな笑顔は子供っぽくて、でも大人の男であるギャップに負けて白旗を上げる。  俺が間違っていた。  確かに初恋が実る奇跡もこの世には存在したようだ。  それも同時に二つとは、なんとめでたいことだろう。  ちなみに店を出たその後、俺も初恋だということを告げた。  それを聞いた正宗は、告白のタイミングが遅すぎたことにショックを受けて膝から崩れ落ちていったことを付け足しておく。

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