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第19話

(うわーお)  とカズマは内心で口笛を吹いた。 (気を逸らせとはいったけど、キスするとは思わなかった。しかもあれ絶対舌入ってる)  手元が狂わないように引き剥がすための聖なる力を構築しながら、この二人、やっぱり恋愛関係だったのかな、とカズマは思う。  銀狼の悔恨が何なのかはわからないが、あの呪いは銀狼の恋心を起点にしていたのではないか、と何百という呪いを見てきたカズマは思う。 (愛してはいけないと思い込むだけの何かがお兄さんにあって、それが呪いとなって彼を縛った。だから無意識に魔王さんからの愛を拒否していた。だけど、想いは本人も気がつかないうちに膨らんで…、みたいな感じだろうな)  自分が自分で呪いをかけると言うのは、解呪師の彼からすれば珍しくない。  そして、その呪いの発動条件が恋愛感情であることもだ。 「よし、できた。魔王さん、いくよ!」  そう声をかけてから、カズマは解呪の魔法陣を大きく広げた。 「んぅ、ふあ」  シュバルツからの突然の口づけに、アルジェントは大きく動揺した。  頭が真っ白になり、そして次々に降ってくる快感が体を揺らした。  魔力も呪いも制御したいのにそちらに意識が向けられない。  無理矢理こじ開けられた自分の口の中でシュバルツの舌が動き回る。  彼の舌は、アルジェントの歯をなぞり、舌を絡ませ、アルジェントは次第に「気持ちいい」という意識だけが思考を支配する。  恐らく、もう“共喰い”のスキルは発動しているだろう。  けれど、シュバルツの魔力は体に入ってこない。感じるのは、周辺にある草木の魔力だけだ。 「ぁん、ふっ」 (ああ、こんな時だけど、めちゃくちゃ可愛い)  シュバルツは妙な感動を覚えていた。  無理矢理、だめゼッタイ。  そんなふうに考えていたから、彼に口付けするのは主従になって50年、初めてのことだ。  初めてのキスがこんな状況というのは望ましいことではないけれど、今自分の口付けて感じているアルジェントは、可愛すぎた。  蒸気した頬も、潤んだ瞳も、堪えきれずに漏れる声も。 (…呪いが解けたなら、また口説いてもいいよね)  そして、あわよくば、…彼が快感でぐちゃぐちゃになるくらい、抱きたい。  そんなことを考えていたらカズマが「いくよ」と叫んだ。  離れた方がいい、と直感的に思ってアルジェントから口と手を離すと、アルジェントの足元に金の綺麗な魔法陣が描かれる。  そして、大きな静電気のような音がバチバチバチッと響き、アルジェントが悲鳴をあげた。 (カズマ、これ「痛いかも」くらいの痛みじゃないと思う。アルジェントごめん)  内心で謝りつつ、魔法陣が消えて倒れるアルジェントを支えた。 「アルジェント?」 「魔王様…」  痛みが残るのか、体に力が入っているアルジェントのおでこに小さくキスを落とす。  瞬間、ぼんっとアルジェントの顔が真っ赤に染まった。 「え、なに、可愛い」 「あ、いやっあのその…っ魔王様、その…っ」  あわあわと顔を隠すアルジェント。  五十年、この反応は初めてである。 「え、なに、可愛い」  もう一度呟いたその言葉に続いたのは、アルジェントではなく、青い顔をしたカズマだった。 「呪い、解けたよ」    カズマは、二人の様子を見ながらうんうん、と一人で頷いた。  銀狼の悔恨は、呪いのきっかけになったほどの大きなものだから、それに向き合うのはこれからになるが、とりあえず、呪いによって抑圧されていた感情が解呪の瞬間爆発するのはよくあることだ。 (たぶん、魔王さんのことが、そりゃもう輝いてみえてることでしょ)  愛しい、すき、と言う気持ちが爆発してるのだ。  男女問わず、恋愛感情というのは平時でも心を掻き乱すもの。それが一気に膨らんだのだから銀狼の混乱は想像に固くない。  今までに何度も見たことのある光景。相手が魔物だったことは初めてだが。  呪い、解けたよ、と声をかけて、カズマのほうを先に振り返ったのは魔王だった。 「なんか顔色わるくない?」 「ああ、そのお兄さんの呪いが想像より強くてさ、聖なる力ごそっともってかれたんよ」 「なるほど」  魔力枯渇状態ということか、と得心してシュバルツはカズマに笑った。 「ありがとう」 「魔王さんにお礼言われた人間って俺初なんじゃない?」  カズマも笑い返す。 「かもね。とりあえずこのアルジェントを休ませたいから、僕らは一旦魔王城に戻るよ。でもこの教会、この場所を壊すというのは決定事項で覆す気はないから、死ぬ気がないならまた僕らがくるまでに逃げといてね~」  シュバルツの言葉に、カズマは少し驚いた。  相手は魔物だ。それも、魔王。  助けたからといって見返りが返ってくるわけはないとカズマは思っていた。でも、解呪師として、最後に一仕事するのも悪くない、と思ったから手を貸した。  もともと、カズマは人間に特別肩入れしているわけではなく、自身が人間だったからそっち側にいる時間が長かかったというだけなのだ。  でも、見逃してくれるんだなぁ、とカズマは思った。 「わかった。ああ、そうだ魔王さん。その子ね、いま「魔王さんすきすきーっ」て気持ち大爆発状態だから、あんまり刺激的なことしたらショートしちゃうかもよ」  転移魔法を使おうとしている魔王達に後ろから声をかけると、魔王からは「え?」という返事が、銀狼からは「ひゃあ」という悲鳴が返ってきた。

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