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第20話

「おかえりなさい、我が君。アルジェント」 「おかえりなさい」  転移魔法で戻ると、ローザとヴィオーラが小走りでで迎えてくれる。  真っ赤な顔を両手で隠してシュバルツに抱き抱えられているアルジェントに、ローザが心配そうに声をかけた。 「アルジェント、しんどい?」 「い、いえ、そうではないんですが…」  返事をしてからはっとする。 「ま、魔王様っおろしてください、歩けます!」 「えー、やだよ。抱き心地最高なのに」 「硬い筋肉の男捕まえて何いってるんですか!!」 「気持ちの話じゃーん」 「っっ」  再び赤面から顔を隠すアルジェント。  ヴィオーラは、ふむ?と笑う。 「もしかして、呪いが解けたのかな?」 「そうそう。でね、いま僕のこと大好きーって気持ちが爆発してるんだって」 「しておりません!!」 「えー、ほんとに?」 「うぐ…」  にや、と笑うシュバルツの顔は、見慣れているはずなのに何故か息が詰まるほど美しくみえ、アルジェントは黙る。  かっこいい、ではなく、美しい。  呪いが解けたその瞬間、確かに自分はシュバルツが好きだと思った。  それを認めて良いのだと、反射的に思った。  けれど、シュバルツはこんなに美しかったか?  どういう作用なのかはわからないが、呪いが解けた瞬間からずっとこんな感じで、容姿も、声も、その表情ひとつひとつも、今までとは感じ方が違っていて、ドキドキする、というよりアルジェントは非常に混乱していた。  見つめられると、声をかけられると、身体中の血液が沸騰したかのように熱くなる。  そんなアルジェントを見てから、ローザはからかいモードに入った魔王とヴィオーラに対して「めっ」と袖を引く。 「アルジェント、ローザが、看る。魔王様、おろして」 「え、僕もっとアルジェントのそばに居る気満々だったんだけど」 「だめ、アルジェント、混乱、状態異常。原因は魔王様、だよね」  ローザがじっとシュバルツを見つめ、シュバルツはアルジェントを下ろすと、降参のポーズをとった。 「アルジェント、いこ」  アルジェントはシュバルツの手が離れたことにどこかで名残惜しさを感じながら、それでもなによりホッとして、ローザに手を引かれるまま自室へを向かった。 「アルジェント、大丈夫?」 「はい…」  自室に戻ってアルジェントは自分の寝台に腰掛ける。  そこに向かいあうように、ローザは椅子を持ってきて座った。 「呪い、解けてよかった」 「その節はご心配をおかけしました」  ローザははい、と小瓶に入った薔薇の蜜を渡してくれた。 「これは?」 「ローザの、薔薇の蜜。状態異常、効くよ」  その物言いに苦笑するが、ありがたく人さじ口に運ぶ。  自分の今の状態が“状態異常”なのかは置いておいて、優しい甘さに、ほっとため息が溢れた。 「ありがとうございます、ローザ」 「ん」  ローザは微笑むと、「で、なにが、あったの?」と尋ねた。  アルジェントは反射的にドアの向こうを見て誰もいないことを確認してから、ローザにギリギリ聞こえるくらいの音量で、「魔王様が、キラキラしているんです」といった。  そこから、呪いが解けてからシュバルツへの感じ方が違うという話を聞き出したローザは 「ふふっ」と笑った。 「大丈夫、それ、正常」 「正常でしょうか」 「うん。好きな人、キラキラ、普通だよ」  ローザは自分がヴィオーラへの想いを自覚した時、似たようなことがあったなと思い出す。  彼を取り巻く全てが、輝いて見えて、一挙一動にときめいた。  それは、今だって変わらないけれど、恋の始まりというのはいつだって、大きく世界の色が変わるものだと思う。 「す、きな、ひと」 「好きな人。アルジェント、やっと、素直になれた」  ローザの言葉に、カァ、と赤くなった後、ふっとアルジェントの表情が曇る。 「いいのでしょうか」 「なにが?」 「私が、魔王様のことを想い、その…、想いを返してもらって」  もう実際の痛みは襲わない。  それでも、あの日の絶望は、けっして風化したわけではない。  彼らは、許してくれるのだろうか。 「んー」  ローザは少し考えて、 「わからない」  と返した。 「だって、ローザも、アルジェントも、死んだ銀狼、じゃない」 「……」 「死んだ子は、なにも、いってくれない。だから、考えても、わからない」  ローザはぴょんと椅子から飛び降りて、アルジェントの横に座る。  そして、くいっとアルジェントを引っ張ると、そのまま彼の頭を抱き抱えた。 「ローザ?」 「でも、ローザは、いいと、思う。生きてて、アルジェントと、魔王様が好きな、ローザは、“いい”と、思う」  頭を撫でながらそう優しく言うローザに、「ありがとうございます」と返したアルジェントの声は、小さく震えていた。

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