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第1話
僕は百円ショップで働くフリーターだ。就職を機に高校三年間勤めたコンビニバイトを辞めたが、就職して間もなくして会社が倒産。お世話になったコンビニも潰れ、紆余曲折あって今の位置で安定している二十四歳である。
「あの、チョコレートの……」
「ああ、はい。ご案内しますね」
モコモコの耳当てをした女性のお客様が訊ねてきた。ワンフレーズを聞けば、皆まで言わずとも何を求めているか察することができる。お客様をコーナーへ案内しつつ、内心、もっと季節に影響されない店で働けば良かったとも思う。
どの百円ショップや雑貨店でも大きく変わらないと思うが「イベント」等とカテゴライズされるところに季節の商品を陳列する。今の時期だと、ラッピングシートやハートいっぱいのメッセージカード、材料となるカカオを粉末状にしたものが並ぶ。つまり、バレンタインだ。
「お会計、五百五十円です」
会計後、彼女は違う雑貨店へ赴く。そちらの店舗でも赤やピンクのハートが店内に施されており、売り場にいても目を引く。
「初 君、そのままレジお願いね」
「あ、はい」
返事をすると、店長は小走りでバックヤードへ向かう。
大手ショッピングモールの一角に店を構えているのもあって、目に入る情報の九割がバレンタイングッズや飾り付け。もしくは連れ立って歩く若い男女。
絡み合う手と手を目撃してしまい、あわあわと視線を逸らす。
ばあちゃん、チョコの代わりに早く恋人を作りなさい、は無理だよ。
恋人いない歴=年齢。今年、米寿を迎える祖母から強めの説教を受けた。そもそも恋が神頼みや流れ星で叶うのならとっくに済ませている。叶ったとして、長続きするかどうかは神のみぞ知るが。
「はぁ……」
「ん? どっしたの初さん」
呼びかけてきたのは制服を着た男のお客様。いつからいたのだろう。というか、ため息つくとこ見られた!?
「すううう!」
「あっはは! 息吸うのおもっしろいね」
気持ちの良いほどからりと笑われ、常夏だと勘違いしそうになる。
考え込まなくても名前を知られている理由は、名札のせいだ。如月 。如月初。
「な、なんで僕の名前……」
「店長さんとの会話聞いちゃった」
嬉しそうに話され、僕は目を瞬かせた。
初さん、か。
くすぐったいような、気恥しいような。
「今週もご来店ありがとうございます、レンさん」
ダークチョコレートのような髪とルビーチョコレート色の真ん丸な瞳。少々垢抜けない可愛らしい顔付きをしたこのお客様は、常連のレンさん。毎週水曜日になると訪れる男子高校生だ。
近辺で見ない学生服だが、有名予備校もモール内に入っているのでそのせいだろう。
まさか、中学生……なわけないよね。
「今週もハジメさんに会いに来たよ」
毎度おなじみの挨拶。元気百パーセントの青年というより、ときどき小悪魔の羽根と尻尾の見える子だった。
ピッ。商品のバーコードを読み取る。
「あ、はは。四百四十円です」
「釣れないなー。はい」
六枚の十円硬貨を渡そうとしたら、両手で包み込まれた。小顔なのに手は大きい。彼の右手小指からピンク色の宝石が輝きを放つ。
「ね、ハジメは何て漢字?」
「えっと……。初、恋の初です」
馬鹿だと思った、メルヘン全開だと思った。
だってバレンタイン時期で恋に関するワードをよく目にするんだから仕方ないだろ!?
少しひんやりとする手の中でびくつくと、彼は艶々な桃色の唇で弧を描く。
「へえ〜。可愛いな」
レンさんくらいだ。この歳になった僕に可愛いと褒めるの。
「レ、レンさん……はっ!」
個人情報に関わることだから却下されるかと思いきや、拒否したのは人ではなく時間だった。レンさんの後ろで並ぼうか迷っている女性がいて、彼も彼女に気づいた。
「じゃあね」
あんなにもしっかりと包んだ手が、意図も簡単に解放してくれる。胸が締まる感覚に襲われた。最近、レンさんが帰る時になるといつもそうだ。
気を引き締め、順番を待つお客様のカゴを受け取ろうとすれば、後ろで店長が代わりにやってくれている。
仕事に私情を持ち出すなど、豪語同断。だけど、つい視線で追いかけてしまった。小さくなる、レンさんの背中を。
「聞きそびれちゃったな」
独り言。聞こえるか聞こえないかの後悔。誰にも気づかれず風で流されてしまうような音。
まるで一言一句聞き逃さなかったように、くるりとこちらを向いた彼は、モール内のアナウンスに負けじと大声で叫ぶ。
「俺は、初恋の、恋の方!」
手を一生懸命振る姿がとても可愛らしく映った。
──彼と出会ったのは三年前。百円ショップで働き、なんとか要領を掴めてきた頃だ。
『チョコ……ぐっひ、ひ、くださああい……』
閉店間際に訪れたお客様は、特別甘い日を呪うような泣き声でレジに現れた。溢れんばかりのチョコのカゴを持ち、目元を赤く腫れさせていた。
『あの、どうかしましたか……?』
驚くべきことはいくつもあるはずなのに、僕の口は勝手に開く。冷静にいられた理由を探すと、コンビニのアルバイト時代でも似たようなお客様を見掛けたからかもしれない。
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