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第5話
レジを出て、百円ショップを出て。
「レ……、さ……!」
男子トイレの個室に押し込まれ、壁へ追い詰められた。
「なんか、勘違いしてるよね?」
怒気を含んだ声に怖くて目を瞑ってしまう。不快な思いをさせてしまった。冷たい涙が頬を伝うと、熱くて柔らかいものに拭われる。
正体がわからず薄らと視界を広げていくと、今度は唇に何かが触れて吸ってきた。
「ふっ……、んん……!」
ふんわりと甘い匂いがしてクラクラ、微かに聞こえる荒い息。
僕、恋さんとキスして……!?
しかも彼は学生で……。情報の多さに大混乱だ。
「パニックになってる初さん、可愛い」
指と指の間に滑らかな手が絡む。左手に感じる違和感に泣きながら首を振った。
「揶揄うの……やめてくだ、さい」
「学生だと偽ってる俺に敬語使うところも。まあー、初さんより歳下なことには変わりないか」
学生ではない? じゃ、なんで制服を?
どちらにせよ。
「こ、恋人がいるなら僕なんかで遊んじゃダメですっ!」
口にしたら悲しさが込み上げてきた。
「遊び? まさか。伊達に何年も片想いしてないよ」
彼がぐっと背伸びをし、視線や息の触れ方が近くなる。表情も目付きも真剣そのものだった。
「昔、本命校に落ちた赤の他人に、世話を焼いちゃう人がいたんだ。周囲は腫れ物扱いするのに」
優しげな語りに耳を澄ませば、とある人物が浮かんでくる。チョコを大量に購入した学ランの男の子。歳は中学生くらい。目元まで前髪があったが、ずっと涙を零していて。
「わざわざ腰を下ろして視線を合わせてくれて、笑顔がとっても素敵で。初恋だった」
「初恋……」
「うん。初めて心から好きになった」
目尻の下がる目は僕から逸らさない。胸が、目頭が熱くなる。
「翌日覗いたらもう辞めちゃった後で。それからも毎日通ったけど店が潰れちゃって。もう再会することはないのかと諦めていたら、やっと出会えた」
出会えた。強くも優しい口調のせいで恋さんが滲んでよく見えない。
「あの女性は……」
「お客様だよ。俺の時間を売って疑似……」
無性に愛を確かめたくて唇を奪った。彼は嫌がらず幸せそうに舌なめずりをする。とびきり甘い鼓動を打った。
「僕だけにして」
年齢=初恋の人がいなかった歴。
「恋さんとのデートも、恋愛も」
「可愛すぎ。最初から俺は初のものだよ」
「初も嫉妬してくれて安心した」と意味深なことを呟かれたが、唇を塞がれて溶けるようなキスをされる。
「好き、恋」
初めて溢れた恋心で縋れば、左手薬指に彼の愛がぴったりとおさまった。
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