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第1話 はじまり

     いわゆるそれは、奇跡というものだったのだ。  これだけたくさんの人間がいる中で、たった一人の運命に出会ったとしたら。たとえ自分と相手が地球と月くらい離れていたとしても。どれだけ結ばれないとわかっていても。 ────  この世には6種類の人間がいる。  男女の性別に加えて、それぞれ第二性別としてα、β、Ωという性質を持っている。  αは生まれながらにして選ばれた存在。あらゆる世界で頭角を現すエリート。「ヒート」と呼ばれる発情期があり、オメガと番うことができる。  βは最も人口が多い。発情期といったものはなく、いわゆる普通の人。  Ωは人口に対する割合が低く、希少な存在。発情期であれば男女ともに妊娠することがある。定期的に発情期があるため、定職に付くことが難しく社会的な地位が低くなる傾向がある。 ──────  さっきまで、自宅のリビングでテレビを見ていた。俺は島本康(しまもとこう)。日曜日の午前11時過ぎ、のんびりと起きて部屋でダラダラしていたら、お腹が空いてきたので1階に下りてきた。両親ともに出かけているのか、家には誰もいなかったので、しょうがなくカップラーメンでも食べようかとお湯を注いで、リビングに持ってきたところだった。  3分待つ間に、なんの気無しにテレビをつけたら、映し出されたのは、男の顔の大アップだった。  男は、モノクロだからか、肌の色も浅黒くて日本人なのか西洋人なのか、人種も定かではない。ただ、やたら大きな目がギラギラとこちらを睨んでいるような迫力があった。それこそ、画面から飛び出して来るんじゃないかと思うくらい。 高い鼻梁は、美しく顔の中央に収まっており、唇はモノクロにも関わらず、例えようもない色香が漂って来そうだ。  そして俺は、いわゆる雷に打たれてしまったのだ。 訳がわからない……。ただ、その男の目を見ていたら、なんだか急に頭の中に「運命の男」という言葉が浮かんで来たのだ。そしてビリビリした衝撃が、冗談ではなく頭のてっぺんから足の爪先まで走り抜けたのだ。  さっきのはどうやら何かのコマーシャルだったようだ。モノクロから急に明るいスタジオに映像が変わり、司会者とお笑い芸人が最近のニュースや芸能人のゴシップについてあれこれとコメントしている。  あまりの衝撃にぼーっとしていると、手元のスマホが3分のアラームを鳴らしたことで、急に我に返った。 「いやいや、おかしいだろ、俺。さっきのあいつはαなのかな……」  芸能人にはαが多い。生まれながらにしてカリスマ性を持っている人も多いから、そうなんだろうな、という感じだ。そして、そんなαに憧れを抱くものは少なくない。  ちなみに俺の第二性別は……不明だ。だいたい15歳くらいになるとこの国では、第二性別を調べる検査をする。その時に自分の性別を理解していくのがほとんどだが、俺は1回目の検査でも、再検査でも不明としか出なかった。  まれにそういう人もいるらしいと聞いて、俺は心配するのを止めた。医師の説明では今後、いきなり第二性別が発現するのか、それともこのまま宙ぶらりんに不明のまま生きていくのかはわからないと言われたので、とりあえずα、β、Ωすべての冊子をもらって読み、どれになっても大丈夫なように心づもりはしたつもりだ。両親はともにβなので、心配していたけど、それでもしばらく待ってみても俺自身に特に変化が訪れなかったことから、いつしか心配は日常に溶けてしまった。  そういえば今日は午後から美千子おばさんの所でバイトだった……。思い出した俺は急いでカップラーメンを食べ始めた。 ──────  おばさんの店はいわゆる弁当屋だ。東京都内の都心にある下町風情を残した商店街にこじんまりとした店を構えている。店先にはいつもうまそうな唐揚げやコロッケ、焼き鳥なんかが大盛りの皿にずらりと並んでいる。夕食のおかずにも、酒のつまみにもなるしでいつも買い物客で賑わっている。今日は日曜日ということもあって、観光客や親子連れが多いな。 「こんにちはー」 いつも通り、店の奥にいるおばさんに声をかけながら入っていく。 「あー康ちゃん、いつもありがとうね!」 白いエプロンに三角巾をつけたおばさんが、ニコニコと笑いかけてくれる。おばさんは、うちの母の妹。滋おじさんの家がずっと昔からここで店をやっていて、結婚したおばさんは、一緒に店を切り盛りしてるんだ。  おばさんは、キッチンの大きなテーブルに弁当箱を並べて、次々とご飯を詰めているところだった。おじさんは、大きなフライヤーで唐揚げを揚げているみたいだ。 「珍しいよね、日曜日にバイトをお願いされるなんて。どこに配達するの」 おばさんは忙しそうに動かす手は止めずに 「なんかねぇ、ドラマの撮影なんだって。すぐ近くに撮影スタジオがあるから、晩ごはんにするんだと思うわ。なるべく出来たて食べてほしいからね、今から詰めて、すぐ配達に行ってくれる?」 「いいよ。それより何か手伝おうっか?」 「助かる!じゃあ手を洗って、エプロンと帽子と手袋、マスクもつけたら、この玉子焼きを一つずつこのスペースに入れていってもらえる?」 「はいはーい」  手際よくご飯やおかずを詰めていくおばさんの隣で、俺もなるべくスピードを上げて具材を弁当箱の中に並べていく。 「ねぇ、おばさん。おじさんと初めて会った時、どんな感じだった?運命感じたりした?」 「……へぇ~っ!?康ちゃんが運命?!……ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって。そーねぇ、どーだったかなぁ〜」 おばさんは、手を止めて、懐かしむように宙を見上げた。 「運命ってしっかり感じたわけではないけど、でもなんだかこの人、安心するなぁって感じたかな、あはは、なんだか恥ずかしいわね」 マスクごしにも幸せそうなのが伝わってくるな。なんだか羨ましい。  何かあったのと優しく問いかけてくれるおばさんにさっきの変な出来事を話せるわけもなく、なんでもないよとしか答えられなかった。  おじさん、おばさんと俺もちょっと手伝って、弁当250個は完成した。それを配達用のバンに積み、台車も載せて、おじさんは運転席へ。そして俺は助手席に乗り込んだ。

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