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第1話
よく晴れた春風の強い一日だった。
桜の花びらが、はらはらとこぼれ落ちて舞う。
まるで花の雨のように。
そんな日に。
俺、日浦翔真 は初めての恋をした。
県立の男子高に入学したその日。
『彼』を初めて見たのは、
入学式の新入生代表の挨拶の時だった。
「……雨音瑞希 」
教頭に名前を呼ばれ、一人の人物が返事をして静かに立ち上がる。
俺は自然とそちらに目をやり、離せなくなった。
彼が登壇する姿に釘付けになる。
その顔にまず見惚れた。
驚くくらい綺麗だ。
え?
男だよな?
容姿だけじゃない。
一礼する所、挨拶文の紙を開くしぐさ、読み上げる姿。
ひとつひとつの動作が美しく、俺の目を引いた。
男とも女ともつかない中性的で、どこか神秘的な魅力もある。
そして、声も。
男にしては、やや高めの、澄んだ艶のあるテノール。
張っているわけではないのに、よく通る声だった。
男の声を美しいと感じたことはなかった。
読み上げている最中に、その声がふいにつまる。
泣いているのか?
感極まっているのか?
涙は零れていなかったけど、目は潤んでいて、そこはかとなく色気があった。
哀しげで儚くもあり、かと思えば凛とした強さも感じる。
まるで、桜を思わせるように。
ザワザワと体中の血が音を立ててざわついた。
目や耳だけでなく、五感の全てが彼に奪われるようだった。
「新入生代表、1年E組、雨音瑞希」
読み終えると、ほんの一瞬だけ宙を仰ぐ。
何かに祈りでも捧げるみたいに。
それは本当に一瞬だけで。
正面に向き直ると、何事もなかったように深く一礼をして、壇上を後にした。
そして、彼が着席するまで。
着席した後も、俺は目が離せないままでいた。
入学式が終わって、各自の教室へ移動してからも、俺は彼のことで頭の中がいっぱいだった。
名前は確か……。
あまねみずきといったか。
顔が妙に熱くて、頭もやけに浮 ついてのぼせたようで、
胸がドキドキする。
いつもとは違う自分を持てあまし、高校初日が終わる頃には、めずらしく疲れてしまった。
帰り際、彼の後ろ姿を見かけた。
桜の花が雨のように散る中を。
雨音瑞希が校門をくぐって出て行くところだった。
胸がトクンッと、うるさいくらいに音を立てた。
思わず追いかけたい衝動を、俺はぐっと堪えた。
家に帰ってから、俺は夕飯もそこそこに自分の部屋にこもった。
思い出されるのは雨音瑞希の姿だ。
なぜこんなにも彼が気になるのか。
頭といわず、体中が熱くなってのぼせているようだ。
俺ん家 は地元に古くから伝わる神社だ。
神事を行うから、小さい頃から作法には厳しかった。
その俺から見ても、全ての動作が清らかな水の流れのように美しかった。
寝つけない夜を、俺はよくわからないままに過ごした。
こんなにも誰か一人のことを、夢中になって想ったことはなかった。
寝ても覚めても瑞希のことが気になって、彼をもっと知りたいと思うようになった。
一度だけ瑞希と廊下ですれ違い、挨拶したことがある。
1年E組は特別進学クラスで、俺のA組とは教室が離れていた。
瑞希と擦れ違うなんて滅多になかったから、俺は嬉しかった。
だが、瑞希は俺の方を見向きもしないで行ってしまった。
彼の視界にすら入らないことがショックだった。
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