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星映す河

 火のない所に煙は立たぬ。情報が入ってくるのは、人の出入りが多い場所と相場が決まっている。  黒州には、隣の藍州との間にある大きな河。河は美しい湖へと繋がり、花の甘い実で作られた果実酒が名産の港町がある。美味しい酒に、美味しい料理。宿屋も多く、黒州では人の出入りが最も多い町と言えよう。 「旅の人! ぜひうちの宿で休んでいきなよ! 可愛い子がたくさんいるよぅ!」 「オヤジさーん! いつものお酒ちょうだいな!」 「愛しい人への贈り物に、櫛はいかがかしらぁ」 「美味しい美味しい花の蜜煮だよ~!」  あまりの人の多さに、蓮雨(リェンユー)はげんなりして口をへの字に曲げた。  川沿いに店が立ち並び、舟で果物や酒を売る商人たちが行き交っている。 「そこの美人さん! 良ければどーぞ!」  行き交う人々をうんざりしながら眺めていると、舟の上から声をかけられる。返事をするよりも早く、「はいっ」と軽く放り投げられた甕にぎょっと慌てて手を伸ばした。 「この星河(せいが)でいっちゃん美味しい蜜月酒だよ!」 「え、あの、」  とっさに受け取ってしまったものの、どうしたものかと眉を下げていれば、後ろからひょいと甕を奪われた。 「ほんとだ、そこらへんの酒とは違う、甘くて濃厚な香りだな」 「花せ、………………哥哥(兄さん)、どこへ行っていたんですか」 「今夜泊まる宿を探しにね。可愛いお前を、野宿させるわけにいかないだろ? それより、これ、どうしたんだ? 貰ったのか?」  何かあったときのために、金子は持たせたがわざわざ酒を買うような性格じゃないのをきちんと理解している花仙は上機嫌に舟上の商人に声をかける。  哥哥(兄さん)、と呼ぶように提案したのは花仙からだった。こんな人だかりで「花仙!」なんて呼びかけたら変な目で見られるに決まっていた。わざわざ尊い花神仙様と同じように呼ぶなんて、下手をしたら「罰当たりめ!」と石を投げられる可能性も否めないのだとか。  蓮雨(リェンユー)もわざわざ目立ちたくなかったので、花仙の提案に賛成したのだが……哥哥(兄さん)と呼ぶたびに花仙の機嫌は上を向いて行き、蓮雨(リェンユー)はどんどん居心地が悪くなっていく。 「おんやまぁ! これまた偉い別嬪なお兄さん! なぁんだ、あなた、ちゃんと素敵な夫君がいるんじゃぁないの! それならそんな憂鬱な顔してちゃあ駄目じゃない! お兄さん! 蜜月酒が気に入ったなら是非うちで買っとくれよ」  お、夫!?  目を剥いて商人を見る。目が腐ってるんじゃないのか! もしくは、邪気に侵されて曇っているとか!  商人はカラカラと笑って、何が何だか気を良くする花仙は調子に乗って蓮雨(リェンユー)の細い腰に腕を回して抱き寄せると、「それじゃあ二甕いただこうかな」と呑気に買い物をしている。  バッカじゃないのかこの男は!  怒鳴り大声を出してしまいそうになるのを、人前だからとグッと堪える。蓮雨(リェンユー)に忍耐強さと我慢強さが無ければ人前でもなんでもとっくに怒鳴り散らしていた。  酒甕を受け取ったのを見計らって、花仙の足を思いっきり踏みつける。 「い、ぎッ……!!」 「旦那様? どうなさったんです?」 「あ、あぁ、なんでもないさ。酒、ありがとう。ところで、酒のつまみになりそうなモノって、何かないかな?」  こういう時、外面がいいと非常に便利だ。足を踏まれてなお笑みを崩さずに商人と会話を続ける花仙に嘆息する。なんとも器用な男だった。  面倒くさくなってきて、腰に回された腕に体重を乗せて寄りかかってしまう。これが嫌なら離せばいい、と思っていたのに、蓮雨(リェンユー)が寄りかかったくらいじゃビクとも揺らがない花仙は腕の位置を変えてぎゅっと力を入れた。なんでもそつなくこなす、こういうところが嫌になる。  旅の遊楽道士、と言う設定で、花仙も蓮雨(リェンユー)も普段とはまた違う装いに身を包んでいた。深い群青の上衣に、黒の下衣、金糸で花が刺繍された黒い衣を羽織った蓮雨(リェンユー)は、射干玉の髪をしゃらりと背中に流して笠をかぶっている。目元に紅い紅を差し、鼻から下は面布に覆われていた。かく言う花仙は、白い衣に紅の花が咲き乱れた大変雅やかな衣だ。剣・恋雨(リェンユー)を手に持ち、同様に笠を被って適当な黒い羽織を肩に乗せていた。  蓮雨(リェンユー)は女性物を着ているわけでもないし、万が一第三皇子とバレたらマズいので面布をしているがどこからどう見ても男だ。もちろん花仙は身長も高いし肩幅もあって、手だってごつごつした男の人の手をしている。花仙が女性に見えるわけがない。やっぱり、この商人の目が節穴なのだろう。  内心で失礼なことを散々グチグチ呟いていると、商人が「毎度アリ!」と笑顔で舟を進めて行った。 「雲霊山(うんりょうざん)で鬼火が見れるんだとさ」 「……それが、つまみになりそうなモノ?」 「上出来だろう?」 「…………哥哥(兄さん)、やけに慣れているんですね。人は嫌いなんじゃなかったんですか」 「ながぁーく生きていると、人里に降りて生活するときもあるんだよ」  ふぅん、とカラ返事をして、未だに腰を抱く腕に手の甲を遠慮なく抓み上げた。 「い、ってぇ……!」 「話は、宿に戻ってからにしましょう。ほら、さっさと案内してください」  ふんっ、と鼻を鳴らして歩き出した蓮雨(リェンユー)に、花仙は息を吐き出した。気紛れな黒猫だな、と声に出したら凍てついた視線で睨みつけられるのが分かっているので心の中に留めておいた。 「怒った顔も花のようだな」  結局、その一言で凍てつく視線を向けられることになってしまった。

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