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第1話

「たけちゃんさ、暇してるなら家行っていい?」  クラスメイトの繁実(しげみ)は、人懐こい笑顔を見せながら、帰り支度をしている俺の前に顔を出す。突然目の前に迫ってくる繁実の笑顔に、動揺を隠すことなく慌てて俺はその顔面を手で押し退けた。 「ちょっ、近いって! なんなん? 俺、暇だなんて一言も言ってないんだけど」 「えー、だって真っ直ぐ帰るだけでしょ? バイトとかしてねえじゃん。てか待って、そんなに顔、押さないで……たけちゃん、いっつも容赦ねえな」  人見知りな俺には考えられないようなこの距離感。繁実は人に触れていないと落ち着かないのかって言うくらい、常にどこかに触れてくる。今も立ち上がった俺の肩に腕をまわし、頬を寄せて「一緒に帰ろ」と楽しそうに笑っている。こんなのはきっと、繁実には何でもないこと。仲の良い友人にはみんなこんなふうに接しているのを俺はちゃんと知っている。  変に意識する必要なんてない。いちいち気にしていたら負けなんだ──  俺は可愛げもない、つまらない男だと自覚している。どうせまた新しいクラスにも馴染むことが出来ないだろうと、入学してすぐ、楽しい学校生活を諦めていた。 「なあ、名前何? 俺は繁実ね、シゲって呼んでよ。よろしく!」  新しいクラス。初めて見る顔、顔、顔。誰もが静かに周りを窺っている中で、繁実だけは目が合うなりいきなり大きな声で話しかけてきた。今まで出会ったことのないタイプ。笑顔で握手を求められ、されるがままに「俺は義武(よしたけ)。よろしく」と自己紹介をしたのが昨日のことのように思い出される。繁実の根明で素直な性格は周りの空気も明るくし、あっという間にクラスの人気者になっていた。 「ああ、わかった。また勉強教えろってことだろ?」 「そ、そういうこと」  定期テストが近いのを思い出し、またいつものことかと少し呆れた。繁実はスポーツも万能で、誰からも好かれるいい奴だけど、どうやら勉強だけは苦手らしい。 「クラス一、優秀なたけちゃんに直々に教えてもらえば、俺だって平均点くらい取れるようになるんだよ」  下駄箱から雑に靴を取り出し、俺を振り返った繁実は「頼むよ」とわざとらしくウインクをする。俺が断ったところでどうせ家までついてくるんだ。俺は半ば諦めながら繁実の後をついて歩いた。 「てか真面目にやるなら教えるけどさ、シゲってばいっつも飽きて遊ぶじゃん、俺いる意味なくね?」 「いやいや大いにありますって。たけちゃんいないと困るから」  調子良く喋る繁実を横目で見る。頼られれば嫌な気持ちにもならず、嬉しく思った。毎度毎度、俺はチョロい。どうせ繁実も同じように思ってるのだろう。  朝から降っていた雨も止み、繁実は手に持った自分の傘を蹴り蹴りフラフラと歩く。そんな落ち着きのない様子はなんだか小さな子どものようで、ちょっとおかしかった。  

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