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第3話

「お邪魔しまーす!」  いつものように、繁実は玄関先で誰にでも聞こえるような大きな声で挨拶をする。俺の家は母子家庭で、この時間に母親が家にいることなんて滅多にない。それを知っていて、それでも毎回きちんと礼儀正しく挨拶をするのが繁実らしくて俺は好きだった。 「そうだ、俺の部屋、先行ってて……」 「ん? おう」  なんで? という顔をして繁実は首を傾げながら勝手知ったる俺の部屋に先に入る。そんな繁実を見届けてから俺は一人キッチンへ向かった。  いつもと同じで今日はちょっと違う。でも、いつもと同じに振る舞おうと俺は小さく深呼吸をした。  大丈夫……何でもない、たまたま気が向いただけ。勉強には甘いものがいいって言うし。不自然なことなんて何もない。    先ほど買ってきたカップケーキをケースから出し皿に乗せた。そうすると、なお一層可愛らしく特別に見えた。繁実が言っていた通り、俺は別に甘い物が好きではない。繁実だって一緒にいて甘いものを食べているのを見たことがないから、きっとこういったスイーツは特別に好きではないだろう。 「悪い、手が塞がってんだ、ドア開けて──」  ペットボトルのお茶も片手に俺は部屋の前に立ち、繁実にドアを開けるよう声をかけた。 「おっ! いいね、なんか映えるっていうの? 女子が好きそう」  ドアを開けるなり繁実は皿に乗ったカップケーキを見て反応する。俺はカップケーキの乗った皿を繁実の前にずいっと差し出し「はい、これ、お前の」と手渡した。戸惑った顔をした繁実はそのままの勢いで皿を受け取り、俺とカップケーキを交互に見やる。 「え? 何よ、たけちゃん食わねえの? 甘いの食いたかったから買ったんじゃねえの?」 「違うよ。たまには……ね。頭使うと腹減るんだろ? 糖分欲してるって、だから……」  そう。勉強すると甘いものが欲しくなるんだ。多分、きっと……  そういうことにしておいて、俺は買ってきた可愛らしいカップケーキを少し強引に繁実に渡した。 「嘘! まじか! えー? なんかよくわからんけどめっちゃ嬉しい!」  せっかくだから、勉強前にすぐに食べてもいいか? と言う繁実に頷き、目をキラキラさせながら食べ始める様子を静かに見つめる。こんないい笑顔が見られるとは思ってなくて、俺も嬉しくなって頬が熱くなった。 「いや、たまたま新商品が目についたからさ。新しいもんも好きだろ?」 「うん! びっくりしたよ。だってさ、今日って……」  繁実は何かを言いかけて黙ってしまった。心なしか顔が赤くなっているようにも見える。 「何? どうした?」 「いやさ……実は今日って俺、誕生日なんだよね。だから余計に嬉しくて……」  お祝いをされているみたいですごく嬉しかったんだ、と繁実は話す。 「まじか、よかったな。おめでとう。こんな偶然もあるんだな。じゃあ、それは俺からのプレゼントってことで」 「うん! ありがとう! 俺、めっちゃ嬉しいよ」  繁実はちゃんとお礼をしたいから、と俺の誕生日も聞いてくれた。今度からは一緒にお祝いしような、と、とびきりの笑顔も見せてくれた。  たまたま今日が繁実の誕生日だと知っていたから──  俺ができる精一杯のお祝いがこれだっただけ。  この気持ちが「恋」なのかはまだよくわからない。それでもこんな素敵な笑顔が見たかったんだと思えるくらい、俺は繁実のことが好きなのは間違いなかった。 end

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