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第1章 明良 ー1

「今日はホントにご苦労様でした。皆さんのおかげで、たいした問題もなく、我が社の新年会が終了しました。……と言うことで、こっからは総務部のお疲れ様会、兼、新年会だ。無礼講なので適当にやっちゃってーっ!」  総務部長の締まらない挨拶で始まった新年会は、参加メンバーのほとんどが女性ってことで、どちらかと言うと、華やかなカンジの飲み会となった。  今は土曜の夜7時過ぎ。夕方からオレが勤める会社の新年会があって、毎年行うそれはサボると査定に影響するらしく、社員の8割くらいは参加していたようだった。  この新年会を取り仕切るのが総務部の仕事だ。そこに在籍してるオレはもちろん強制参加である。  先輩たちの指示のもと、会場内を走り回り、時にはビンゴの景品を控え室から運んだりと、普段のデスクワークからは考えられないくらいに動き回っていた。オレがいる総務部は、男性よりも女性の方が多く、男性もオレ以外は中年ってくらいの年齢だ。つまり、唯一の若手男性社員は動けってことらしい。  総務部飲み会の参加者は25人くらいだろうか。そのうち男性は、オレを含めて4人しかいなかった。  男性は妻帯者が多いからか、家族サービスのためにだろうか、帰った人が多かった。  そして何故か、営業部の女子が4人ほど参加していた。 「間宮、飲んでるか? 今日はご苦労だった。一番動いて疲れたろうから、注文なんか女の子に任せてのんびりしてな」 「部長、今日はお疲れ様でしたっ。お気遣いありがとうございます。まだまだ元気なので、大丈夫です」  部長の瀬川さんが声をかけてくれた。  彼女は40代半ばの、サバサバとした、どちらかと言うと漢らしい性格の女性で、実はちょっと憧れている。結婚はしてないが、長年連れ添ったパートナーがいるそうだ。私生活については結構ナゾらしく、時々総務部の女子がウワサしていたりする。一度だけ見たって人の話だと、そのパートナーって人は、熊みたいな人だったって言ってたかな。  実のことを言うと、女性とおっさんだけの飲み会はあまり居心地が良くなく、会話するよりも注文とかしてた方が気がラクってのが本音だ。  オレがいる会社はほとんどが大卒で、オレみたいな専門学校卒はごくわずかしかいない。  会社は営業部、開発部、総務部と、大きく3つに分かれていて、総務部のみ数年に一度、専門学校卒を採用することにしているらしい。入社2年目のオレは、未だ周り全員が年上ってことで、可愛がってもらっている反面、イジられることも多い。  もちろん反抗なんてしない。女性の多い部署だ。従ってた方がいろいろ安心だ。  2時間制で始まった飲み会も、残り30分くらいだろうか。気がついたら何故かオレは、営業部の女子4人に囲まれていた。 「間宮クンって、下の名前は何て言うの?」 「えっ、:優:(スグル)って言いますが……」 「優クンかぁ~、カワイイ~。ねぇねぇ、休日は何してるの? 彼女とかいるの?」  矢継ぎ早にいろんなことを質問されるオレ。なんなんだ?  他部署とは言え先輩だ。面倒だけど、質問には答えた方がいいのかな。 「休みの日は自転車とか乗ってます。あと家で映画をみたりとか」 「彼女は今はいません」 「好きな子のタイプですか? うーん、特には無いですねえ」 「一人暮らしなので一応自炊してます。作るのは簡単なもので、炒め物とかが多いです」 「好きな食べ物は、から揚げ、ハンバーグ、牛丼とか、やっぱ肉ですね」  なんなんだよー、おまえらは興信所の回し者かなんかかよー!  だんだん顔が引きつってくるオレ。逃げていいかな?  営業部ってのは押しの強い人が多いんだろうか。オレ総務部で良かったわー。  お店の人が来て「そろそろお時間です」って言葉に救われた。  部長に声かけして、飲み会の終了を宣言してもらった。 「お疲れ様でしたっ」  店から出て来た総務部の面々に一声かけてから、オレは駅に向かって歩いていった。  先輩たちにカラオケに誘われたけど、謹んで遠慮させてもらった。だってオレ以外全員女性って疲れるだけなんだもん。さすがにこれ以上はムリッ!  だけどこの時オレは、この飲み会に総務部以外の人も参加してたってのを忘れてたんだ。 「優クンはっけーん!」 「帰っちゃダメよー。これからオネーサンたちと遊びに行くのよー」 「大丈夫、大丈夫。電車が無くなっちゃったら、ちゃんとお持ち帰りしてあげるからー」 「それとも優クンちにお持ち帰りしてくれるかなぁ?」  営業部4人組に捕まってしまった。しかも一人はオレに腕を絡ませてくる。この人たち、いったい何なんだろ? オレ、マジで帰りたいんですけど……。 「優クンてさー、若いし、細身で背は高いし、顔もまあまあってことで、女子に人気あるって知ってた?」 「営業部でバリバリ仕事してるオトコもいいけどさー、ウチらにしてみると、ちょっと大人しそうなタイプってクルんだよねー。癒されるってゆーかぁ」  勘弁してください。オレが癒されません。 「ホントもうっ、今日はマジですいません! ボク帰りますからっ。ごめんなさいっ」  右腕にひっついてる先輩をなんとか引きはがし、早足でその場から立ち去るオレ。  う―わ―、こっち駅と逆方向じゃん。でも今ユーターンしたら確実に捕まるから、適当に歩いて大回りして駅に向かった方がいっか。 「優クーン、待ってーっ!」  叫んでるよ、ハズカシ。同じ会社の先輩とは言え、とにかく逃げよ。  土曜の夜ってことで人が多く、なかなか彼女たちの視界から外れることができない。彼女たちに捕まることは無いとは思うものの、こうやってグイグイ押してこられるってのは初めてで、かなり焦ってたと思う。  そんなとき、ふと目に入って来たのが『優~スグル~』って看板。オレは迷わず店のドアを開けて入っていった。  この店は半年くらい前に、一度だけ入ったゲイバーだ。ゲイバー体験ってなカンジで入ったものの、結構濃くて、お子様なオレにはまだムリって思ったんだよな。  女性は男性と同伴で、かつ、テーブル席に空きがある場合のみ入店可と言う、今のオレにはとっても嬉しい店だったりする。  とりあえずこれで先輩たちからは逃れられるハズ。 「いらっしゃーい」  久しぶりに聞くバリトンボイス。店内に流れる陽気なジャズも記憶通りだ。  店のマスターは、プロレスラーかボディビルダーかってカンジの筋肉モリモリ男で、でもってオカマだ。たしか「スグルママと呼べ」と言われてたような……。 「あら~、とーっても久しぶりなハンサム君じゃない! 嬉しいわぁ~、やーっとワタシを抱いてくれる気になったのねぇん♪ アア~ン、緊張しちゃうーっ!」  …………。  一瞬で固まるオレ。確か初めて来た時も、最初はこんなだったような気がする。 「まあ何はともあれ、こちらへどーぞ。お久しぶりねぇ。スーツなんか着ちゃって仕事帰りなのかしら?」  半年前に一度来ただけなのに顔を覚えてるなんて、プロってすごいなぁ。感心しつつ、勧められた席に着く。これで安心、彼女たちも諦めるだろう。 「なんか疲れてるっぽいわネ。お仕事忙しいのかしら?」 「いえ、仕事と言うか……、ちょっと会社の先輩たちに絡まれちゃて……」  先輩女子4人に絡まれたなんて、さすがに恥ずかしいから、適当に言葉を濁して答えておいた。あまり聞いて欲しくないし。 「あら~、そうだったのぉ? 大変だったわネ。じゃあ、今夜はワタシが、このナイスなバディで癒してア・ゲ・ル♪」 「スグルママの体格だと、癒すんじゃなくて潰すんじゃないんか?」 「まぁ~何言っちゃってるの? このか弱いワタシに向かって」  スグルママと常連さんの軽いやり取りを聞いて、オレはやっと緊張していたのがほぐれていくような気がした。  飲み会の後なので、軽めのお酒でもお願いしようかなと思い、声をかけようとしたときだった。店のドアが開き、今一番聞きたくない声が耳に入ってきた。 「ああっ、優クン発見! こんな店にいたのねー、探したのよー」 「やーっと見つけたっ。逃げちゃダメだってばー」 「げ……っ!」  マジかよ、もしかしてあの人たち、ここらへんの店全部調べてまわってたんか?  お店の迷惑になるし、やっぱオレ、行くっきゃないのかな。  そう思ってたんだけど、スグルママが彼女たちの前に立ちはだかってくれたんだ。 「申し訳ないけど、この店はゲイバーで、女性は入店不可。他の客の迷惑になるから、帰ってくれないかな」  今までより低めの声で話すスグルママ。あれっ、オカマ言葉じゃない? 「え―っ、ちょっとぐらいいいじゃーん」 「じゃあ、優クン出て来てよー」 「彼は男性で、この店の客。これ以上騒いだら警察呼びますよ。ここらへんは入店拒否の人に対しても、警察が出動してきますから」  ううう……、ホントはオレが出てった方が良いんだろうけど、なんとなく、今出てったらオレの貞操の危機になりそうな気がするから、やっぱりここはスグルママに助けてもらおう。オトコとしてはどうなんだって思うけど、押しの強い女性はマジ怖い。 .「そんなこと言ったってぇ~、テーブル席にオンナの人とかいるじゃん」  彼女たち、結構アルコールが入ってるんじゃないのかな? 怖いモノは何も無いってカンジで、店の入り口で騒いでる。  そんなとき、彼女たちの後ろから別の人の声が聞こえてきた。 「おいブス、店の入り口でギャーギャーうるせぇ。ここはオンナの来る店じゃねぇからとっとと失せろ。でもって向こうに座ってるのはオンナじゃなくてオトコだ。あんたらが足元にも及ばないくらい美人のな。ブスはブスらしく、おとなしくどっか行け」  かなりの暴言だったと思う。でもそのおかげで、言葉を失った彼女たちを押し分けて、ひとりの男性が店に入ってきた。  がっしりした体付き、切れ長の目、不機嫌そうな顔。初めて明良を見たときの印象だ。 「ハイハーイ、じゃあお嬢さんたち、お疲れさん。駅は向こうの方角だからねー」  そう言ってスグルママはドアを閉めた。シーンとする店内。なごやかだった雰囲気がぶち壊し。 「あの……、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」  席を立って、スグルママと店内の客に向かって頭を下げる。店の雰囲気を壊したのはオレだ。オレが来なければ、こんなことにならなかったワケで、本当に申し訳ない。 「まあまあ、気にしなくていいのよ~。ハンサムなコは大歓迎♪ さぁ~さぁ~、オカマの敵、ブスなオンナどもがいなくなったのよぉ~、夜はこれから~、楽しくやりましょぉぉぉ~♪」  スグルママの一声で、店内の雰囲気は、いつも通りに和やかになっていく。  助かったよ、救われたよ、ほんとオレ、この店入って良かったかも。 「肉食系女子って言うんだっけ? 最近の女性は怖い」 「あんなのに追いかけられたらオレでも逃げるよ。オニーチャン、災難だったね」  カウンター席にいた他のお客さんが声をかけてくれた。みんな優しい。ありがとう。 「そう言えば『スグルチャン』って呼ばれてたけど……、お名前聞いていいかしら?」 「あ、ハイ、間宮優って言います。以前この店来た時は、店の名前がオレの名前と同じだったので、思わず入っちゃったんです。漢字まで一緒だったので」 「あらまぁ~、下の名前が一緒ってこと? 嬉しいわぁ~ん」 「名前は一緒でも、見た目は全然違うってね」 「まぁヒドイ、黙らっしゃい!」  スグルママ、オレ、スグルママ、常連さん、スグルママってな会話。  注文したビールをちびちび飲みながら、ようやっとオレも気を抜いて店の雰囲気を楽しむことができるようになった。

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