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第3話

「文月、何読んでるの?」 「えっ?」  僕は慌てて顔を上げる。今日の部活は僕が一番乗りだ。日直を終えてきた彗に見つめられて、おずおずと本を差し出した。 「天文学入門?」 「⋯⋯うん。何もわかってないから恥ずかしくて」  部室や図書室にも天体の本はあるけれど、自分でも勉強しようと買ってみた。彗は面白そうに僕の本を読み始めた。あっという間に夢中になっているから、僕はその間に彗の綺麗な顔をゆっくり見ることが出来た。  彗の話を聞くのは楽しい。ただ、僕の知らない言葉がたくさんある。  僕は彗が言った言葉を一生懸命覚えて、毎晩こっそり調べている。その場で聞くと話が途切れてしまうから。質問はしない。わからない言葉が多いと困ってしまうけれど、一つでも多く知りたい。彗の言った言葉を調べる時間は幸せな時間だ。   2年生になったら、僕は文系、彗は理系。クラスが分かれてしまう。それでも、部活がある間は一緒にいられる。そんな事を考えていたら、彗が顔を上げた。 「⋯⋯どうした?」 「ううん、なんでもない」 「文月、この本、もしかして先週の水曜に駅前で買った?」 「何で知ってるの?」 「実は、あの本屋に俺もいたんだ」  僕は驚いた。彗がいたなんて全然気づかなかった。 「すごく真剣に選んでるから、声をかけられなかった。文月はすごいと思う。興味がなかったことも、こうやって真面目に勉強してる。⋯⋯本当は文芸部がいいんだろ?」 「え? ⋯⋯いや」  今はもちろん、そんなことはない。でも、天文部にいたい本当の理由は言えない。 「もし、もしもだけど。俺に遠慮してるなら気にしなくていいんだ。天文部をやめて、文芸部に入る方がいいなら」  天文部をやめる? そんな、そんなことしたら⋯⋯。 「⋯⋯」 「文月?」  気がついたら、ぽとんと涙が落ちていた。彗が慌てているのがわかる。  泣き止まなくちゃ。困らせる。そう思ったのに止まらない。 「ぶ、文芸部には、彗がいないじゃないか」 「え⋯⋯え?」  部活の間だけでも、一緒にいたいんだよ。⋯⋯近くに、いたいのに。  ぽとん、ぽとんと涙がこぼれ落ちる。 「⋯⋯文月。泣かないで」  優しく髪が撫でられ、そっと手を握られる。 「俺、文月が本を読んでる姿が好きなんだ。⋯⋯おかしいかもしれないけど、時々、文月が読む本になりたいって思う。あんなに真剣に見つめてもらえたら、いいなって」  僕はびっくりして、目を見開いた。顔はもう、涙でぐちゃぐちゃだ。  彗はポケットからハンカチを出して、丁寧に涙を拭いてくれた。気持ちが溢れて、勝手に言葉が出た。 「僕、天文部にいたい」  彗の手が止まる。 「星のことはよくわからないけど、わかりたい。彗とおんなじものが見たい」 「俺と、同じ?」 「うん。前に言ってた視差があってもいい。彗と同じものを見て、彗の話が聞きたい。彗の好きなものを、もっと知りたい」  彗が僕の大好きな笑顔で笑う。額と額が、こつんと当たる。 「⋯⋯文月。じゃあ、俺にも教えて。文月の好きなもの」 「僕の好きなもの?」 「うん。俺、何も知らないから」  そんなの、一つしかないよ。 「⋯⋯彗。彗が好き」  ああ、言ってしまった。僕のバカ⋯⋯。もう友達ではいられない。  涙は今度こそ大洪水だ。次から次へとあふれてくる。少しの沈黙の後に、耳元で小さな声が聞こえた。 「⋯⋯俺も、好きだ。文月が」  ──また一緒にプラネタリウムに行こう。文月と見たい星が、たくさんあるんだ。  僕は何度も頷いた。頬を伝う涙を、彗が唇で受け取ってくれる。  視差(パララックス)があっても同じものを見ていこう。彗と、一緒に。

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