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第4話

 二人きりになり、石田は足元を見つめて駅の方へ歩き出した。 「ちょっと。待ってよ」  慌てたように秀明が走って追いついてくる。 「ほんとにつれないなぁ。俺のこと嫌い?」 「嫌い」  短く返すと、さすがに秀明も言葉に詰まる。ぽりぽりと頭を掻きながら、何を言おうかと悩んでいる様子だ。 「…あのさ。悪かったと思ってるよ、ほんとに。反省してる」  石田は振り返らなかった。  昨日意識を失って、目覚めた時にはもう秀明の姿はなかった。夕方からバイトに出たためだ。テーブルの上には戸締りのための鍵と、最寄駅までの簡単な地図を描いたメモが置いてあった。だからあの後、あれ以上の話はしていない。 「やっぱりまだ怒ってる?」 「当たり前やろ」  低い声で言って、石田は振り返った。 「…俺は絶対にあんなことしたなかったんや。自分が好きになってつき合うた奴にさえ許さへんかった。それをなんでお前にされなあかんねん。可能なら貞操返せて言うたるとこや」  秀明は眉を寄せる。 「知ってるよ……したくなかったのは」 「じゃあなんですんねん!?」  怒鳴っているうちに涙腺が緩む。  きっと、自分がこだわっていることは秀明にはわかりっこないのだろう。それを瑣末事のように言われたことが悔しくてたまらなかった。  だが秀明はつらそうに言った。 「でも、していいって言ったのもお前なんだよ」 「――は?」  石田は耳を疑った。 「していいっていうか……してくれって言われたんだよ、俺は。だからやった」 「嘘ぬかすな!!」 「ほんとだって。…全然覚えてない? あの夜お前、泣いてたんだよ」 「は? …なんで」 「自分がイヤだって言ってた」 「……」  どういうことなのかわからなかった。  一体酔った自分は、秀明に何を言ったのだろう。自己嫌悪を他人にぶつけようとでもしたのか。何を聞いてもらおうとしたのだ。そんなに彼を信頼したのか。  顔を背けて向き直ろうとすると、秀明が腕を掴んできた。思わずその顔を直視してしまう。  眉を寄せた秀明の顔は、見たこともないほど真剣に見えた。 「俺も迷ったんだよ、していいっていわれて、ハイそうですかって手を出してもいいもんかって。だけど俺……ごめん、泣いてる人間を慰める方法はそれしか知らなくて」  自嘲気味に、だから抱いたのだと教える。  わからなくなった。  なぜ自分が秀明にそんなことを言ったのか。そしてなぜ昨日秀明は、それを言い訳にせず自分の悪口雑言を黙って聞いていたのか。  全てを秀明に責任転嫁して、悪人に仕立てようとしていたのは自分の方だ。 「あの……」  口を開きかけて、ためらう。 「…もしほんまにそうやったんなら…、俺も悪かった。お前責める権利ないよな」 「いや、でもやっぱり俺が悪いし。お前が抱えてるものを守ろうとして苦しんでるみたいに見えて、それを壊してやれば少しは楽になるかと思ったけど……俺なんかがお前に手ぇ出していいわけないんだよ」  己を卑下するように言った秀明の台詞に、ふと今朝の亜弓の言葉が耳に返る。 「――あのな。いっこ訊いていいか」 「ん?」  前にやってたことがやってたことだから、と亜弓は言った。 「お前、柴崎さんに拾われる前って何やっとったん?」  その言葉は全く不意のものだったらしく、俄かに秀明の目が見開かれる。  だがすぐに冷静な表情に戻り、即答しようと口を開く。笑みの形に開かれたその口は、しかし一言も発さないうちに引き攣り、一度閉じられた。  目を伏せ、逡巡した後、小さく答える。 「……売り、だよ」  沈黙した石田に、秀明は 「軽蔑した?」  と、薄く笑った。

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