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1章 お前、オレ相手に勃つ?

 26歳、社会人4年目。年齢=恋人いない歴。  恋をしたことがないわけじゃない。  ただ、相手が全て、男だっただけで。  子供のころから要領よく生きてきたので、女子から告白されることはそこそこあったし、男女問わず、友達は多い。  ノリがいいそうだ。  会社での人間関係も良好。  先日、新規立ち上げプロジェクトのまとめ役に抜てきされた。  でもそんなことは、人生の重要項目ではなくて。 「はー……もうすぐ来んのかな」  すっかり冷めたコーヒーをすすりながら、スマホの画面を眺めること1時間。  まもなく到着するだろう。  その、デリヘルに頼んだ、男が。  ――ピンポーン 「うおっ!?」  柄にもなく焦って立ち上がる。  モニターをつけると、フードをかぶった辛気臭い男が立っていた。 「……こりゃ、ハズレかな」  プロフィールには、『子犬みたいな童顔がさわやかな、高身長バリタチ』とあったのだが。 「はーい」  まあ、きょうの趣旨は、『本格的な恋人作りの前に、軽く遊んでおこう』というものなので。  なんとなくできればいいか。  そう思いながら玄関を開けると、男は何も言わず、するっと入ってきた。 「スターライドから来ました……あゆむです」  うつむいたまま顔を上げない。  若干、声も震えている。  経験豊富でエッチ大好きと書いてあったのだが……なかなかこれはマジで、ぼったくられたか? 「寒かったでしょ。上がって」 「……」 「あ、あゆむくん?」  顔を上げると、ぱさりとフードが落ちた。  目が合い、時が止まる。 「…………あの、きのうぶりです。安西(あんざい)さん」 「はあああああああああッ!?」  日曜の快晴に全くふさわしくない、大声を上げてしまった。  目の前にいるのは、会社の後輩だ。  プロジェクト唯一の新入社員で……きのうの夜、決起集会と称した飲み会で、隣に座っていた。  篠山(しのやま)歩夢(あゆむ)。  確かに子犬みたいな顔だが、性格が暗すぎて飲みの席に全然なじめておらず、めちゃくちゃフォローしてやった。 「し、篠山……? え?」 「ご予約入って、同姓同名だから、もしかしてと思いつついやいやそんなわけないと思いつつ、あの……すみません。キャストの方から変更申し出るとか、できない仕組みで」 「……と、とりあえず入ったら?」  通夜のような雰囲気で部屋に上げ、とりあえずソファを勧める。 「なんか飲む?」 「いえ、時間が決まっているので……するなら、しましょう」 「い、潔すぎだろ」 「仕事なので」  という声は震えていて、この状況にビビっているのか、副業禁止の規定に怯えているのか。  オレはコホンと咳払いをし、少し身を屈めて目線を合わせた。 「誰にも言わねーから大丈夫だよ」 「すみません」  と言ってじっと見つめてきたその瞳は、プロフィールどおりの『子犬』だった。 「単刀直入に聞くぞ。お前、オレ相手に勃つ?」 「勃ちますね」 「すげ……即答だな」 「だって。安西さん、かっこいいですし。色素薄くて細身でスタイル良くて、洗練されてる感じで。その、憧れてました」 「そりゃどうも」  苦笑いしながら頭を掻く。  割と言われ慣れたセリフではあるが、状況が状況だけに、救えない。  ていうかこいつ、こんなにしゃべれたのか。  いつもおどおどしていて、しゃべり方もボソボソしていて、必要な会話以外が全くできない人物。  仕事はしっかりしているが、どうにも会話にならない、ちょっと困る新卒社員……。  オレは開き直り、隣にどっかりと座って言った。 「あーあのさ。予約見て来てんなら分かってると思うけど。オレ、セックスしたことねーんだわ」 「意外です。身持ち固いんですか」 「身持ち……? 固かったらデリヘルなんて呼ばねーだろ。単純に、そういう機会が無かっただけ」 「じゃあ、その……初めては、俺で?」  その聞き方は、非常に答えづらい。  一瞬悩んだが、こうなってしまってはもう、何も覆らないだろう。  してもしなくても、この地獄体験は変わらないのだ。 「まあ、もうカードで払っちゃったし。抱けるなら抱いてよ」 「いっ、いいんですかっ?」 「客だぞ」  眉間にしわを寄せ篠山を見ると――思わず、ゾクリとした。  さっきまでの、というか、春に入社してから9ヶ月間見てきた『自信ゼロ』みたいなオーラが、まっさらに消えていた。  何かのスイッチが入ったように、絡みつくような視線で、オレの全身を見る。  そしてぐっと抱きしめられたと思った次の瞬間には、耳を舐められていた。 「安西さん、予約の備考欄読みました。ちょっと強引にされたいんですよね?」 「ちょ……、ちょっ、」 「俺、そういうのが一番燃えるんです」  セーターの中に、手が滑り込んできた。  そろそろと肌の上をさまよう。 「おっしゃるとおり、安西さんはお客様です。でも、先輩でもあります。どっちで呼んで欲しいですか? いつもどおり? それとも、(しゅう)さん?」 「ん……、どっちでも、いぃ」 「もう感じてます? 可愛いですね、安西さん。俺のことは、いまだけは、あゆむって呼んでください」  なんだこれ。なんだこれ。  全然会社とキャラ違うし、しかも、めちゃくちゃ手つきがエロい。  ただ撫で回されているだけなのに、もう、下半身が反応してしまっている。 「ふふ。びっくりしました? 大丈夫です、他のお客様もみんな同じ反応されますので。撫でられただけで勃っちゃうんですよ」 「はぁっ、……ぁ、ん」 「キスは? してもいいですか?」  言い淀むオレの耳元に唇を寄せて、ささやいた。 「気持ちいいと思いますよ、俺とキスするの」

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