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待ち合わせの芝浦ふ頭駅。都内屈指の初日の出スポットだ。
柱にもたれかかり、ポケットに手を突っ込む。
構内はかなり混雑していて、キョロキョロと見回しても、肉眼で見つけられるかどうか……と思っていると、篠山が人ごみをかき分けてこちらへやってきた。
目の前に来ると、子犬のような笑顔でぺこりと頭を下げた。
「遅くなりました」
「いやいや。ゆりかもめ、めちゃくちゃ混んでたな」
張り切って早く来たと思われたくなくて、謎のごまかし方をしてしまった。
篠山は居住まいを正して、ちょっと恥ずかしそうに言う。
「安西さん。あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくな」
「はい。仕事でも……他にも、お願いします……」
最後の方は、人のざわめきでほぼ聞こえなかった。
オレはあいまいに笑い――その意味などには特に触れずに――行き先を指さした。
軽く会話をしながら、人の流れに沿って進む。
話は本当に他愛ないことで、どの番組を見て年越ししたかとか、そばは食べたかとか、実家の雑煮の中身とか……。
「家にテレビ無いのかあ」
「はい。YouTubeとかNetflixで十分なので、テレビは見ないです」
ほんの小さなことなのに、新情報を知ると、ちょっとうれしくなる。
恋する中学生女子と大差ないなと思ううち、日の出スポットにたどり着いた。
まだ空は暗いが、人々はスマホを構え、自撮りに勤しんでいる。
オレたちは隅に移動して、途中で買った缶コーヒーを開けた。
「あと20分くらいかな。だいじょぶ? 寒くないか?」
「……寒いって言ったら、ちょっとくっついてくれますか?」
「お? ……おう、まあ」
歯切れ悪く返事をすると、篠山は一歩距離を詰めて、肩をくっつけてきた。
なんか、めちゃくちゃドキドキする。
周りはみんな写真に夢中なので、誰も見ていない。
だからこの緊張は、シンプルに、篠山のことを意識してしまっているからで……。
「あの、ですね」
硬い声で、篠山が切り出した。
「俺は……安西さんの都合よい方法で会ってくれたら、うれしいです」
「都合?」
「はい。店経由でも、こんな風に、個人的にでも。いや、本当は個人的な方がうれしいですけど……でも、会社とプライベート分けたいとかだったら、お客様としてでもいいので。でも、会いたいです」
勘違いは全く解けていなかった。
遠慮なのか譲歩なのか気配りなのかは分からないが、篠山の中でオレは、『自分のことを性の対象として見ている人』という認識になってしまっているらしい。
違う。そうじゃない。好きだ。
……そう言ってしまえばいいのかもしれないが、なんだかそれははばかられた。
虫のいい話だよな、と。
こんなにも立場が不平等なまま『付き合って欲しい』と言ってみたところで、篠山の中の妙な遠慮が取り払えるとは思えなかった。
だからオレは、苦笑いで返す。
「別に、分けたいとか思ってねえよ。むしろ、そっちが嫌じゃなければ、普通に飯とか行きたいわ」
「え? ほんとですかっ」
子犬のような表情で食いついてくる篠山が何を思っているのか、ますます分からなくなってしまった。
都合よく考えて良いのだろうか?
好意を持たれている、とか。
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