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初日の出を一緒に見たが、仲良く自撮り、なんてことはしなかった。
オレは、あとで見返したら辛くなりそうだなと思ったし、篠山は『会社でうっかり見られたら大変ですよね』と笑って、風景を2~3枚撮っただけ。
ご来光は、ありがたいのだろうか。
ふたりで会う口実を作れたことはありがたさこのうえないし、自分の大失態に気づけたのもよかったが、ミシミシとHPが削られている気がする。
ここからどう挽回すれば想いが通じるのかを考えると、途方もないし……どうしても、手痛い片思いが頭をよぎってしまう。
詮無いことを考えつつ芝浦をあとにし、ファミレスに入った。
辛うじて空いていた窓際の隅っこに案内され、注文する。
「お前、肉とかがっつり食わないのな」
「食べるもので、体の匂いとか変わるらしいので。なるべくお客様に心地よくなってもらいたいですし、食事には気をつけてます」
「アスリートかよ」
……と笑いながら、内心大ダメージを受けた。
別に、オレからの連絡手段のためだけにデリヘルに在籍しているわけじゃなかった。
なんとなく、『安西さんの連絡先がもらえたし、デリヘルはもう辞めます』なんて言葉を期待していたわけだけど。
年末から出勤していないのと、さっきまでの話の流れで、完全に思い上がってしまったのかもしれない。
そして意図せず、嫌味みたいなことが口から出てしまった。
「相手は体臭きついオッサンだったりするんじゃねーの?」
「まあ、そういう方もいますね」
「よくそんなん相手できるな」
「お客様には何も求めてません」
自分で聞いたくせに、面白くない気分だ。
不潔なオッサンも相手にしていることが確定して、自分の中に嫉妬めいたものがあることを感じる。
しかし、せっかく心を開きかけてくれているのに、そんなことは悟らせるわけにはいかないので――全く気にしていないみたいな感じで、笑顔を作った。
「でもさー、セックスが好きって言ったって、仕事上では基本、奉仕するだけなんだろ? 楽しくなくね?」
「いえ、楽しいですよ。お客様が気持ち良くなってるのを見ると、ちゃんとサービス提供できてるのかなって思いますし、性格に合ってるのかな、と」
という表情はフラットなので、無理をしているわけではなさそうに思う。
オレはこの話題を続けたくなくて、話を逸らした。
「あー。篠山さあ、会社でもこのくらい、はっきりしゃべればいいのにな。ずっと、日常会話もおぼつかない性格なのかと思ってたわ」
「1対1の会話ならまだ大丈夫なんですけど、大人数になると、何をしゃべっていいか分からなくなるので、難しいですね」
世渡りが下手くそすぎる……と思ったところで、篠山が突然うつむいた。
そして、もごもごと、恥ずかしそうに言う。
「なんか、聞いてくれてありがとうございます。こんな、自分の考えとか人に言えたの、久しぶりです」
「ヤッてるときめちゃくちゃ饒舌 なのにな」
「あ、あれは別に……考えとかじゃないんで」
「ええ? じゃあ何……」
「お待たせしましたー!」
でかい声の店員が来て、オレの疑問は遮断された。
とりあえず乾杯。ビールグラスをコツンと当て、一気に3分の1を飲む。
「…………ぷは。正月の朝からビール。最高」
「いい飲みっぷりですね」
「あー、そういうの言えばいいんだよ。飲み会で」
「……大勢のお酒の席は、俺にはレベル高すぎます」
しょんぼりした子犬みたいな顔で、ちまちまとジョッキに口をつけている。
「オレが言うのもなんだけど、お前、よく就職できたな。ウチ、倍率200倍だぞ?」
「まぐれです。親戚が祭りになりました」
「へええ? そりゃ、親御さん喜ぶだろうけどさ。でも正直、オレが採用担当だったら落とすわ。最初の面接誰だった?」
「朝倉 さんですね」
あー、総務のアラサー女だ。
美人だが、研修のときめちゃくちゃしごかれて、出社拒否したくなった。
……というのはさすがに言えないので、口には出さない。
「でもまあ、結果的に朝倉さんは大当たりを引いたわけだな。篠山は、コミュ力は壊滅的だけど、仕事は速いし正確だし。頼りにしてる」
「うれしいです」
照れをごまかすようにビールに口をつけるのが可愛くて、絶望した。
そんなことが口から出かかるのを、ビールをあおって言葉ごと飲み込む。
「安西さんは、どう思いますか。その、後輩が、こういう私生活送ってるの」
「んー? まあ、会社バレしたときのリスクが一番心配かな。社会的に死ぬぞ」
「いつかはバレますかね?」
「デリヘルではないけど、副業が確定申告でバレて爆死した奴が、何人かいる」
丸っこい瞳が、大きく開かれる。
「給料手渡しなんですけど、それでもまずいですか?」
「はああ? いやそれ、バレるバレない以前の問題じゃね? その店、ヤバいだろ。経営めちゃくちゃなんじゃねえの?」
「ダミー会社を作っているらしいので、お金の流れに不審な点は生まれないし、キャストに行政から調査が入ることはないと説明を受けて、一応納得してます」
「いやいやいや。それはヤバいって。摘発されたら従業員モロとも一発アウト。てかそんな経営の仕方、絶対カタギじゃねえぞ」
話を逸らしたつもりが、完全に説教に変わる。
「副業の申告漏れは、身を滅ぼすぞ。税務署にバレたら追徴課税がエグいし、かといってまじめに確定申告したら、会社にバレる。手渡しならオッケーって問題じゃない。もったいねえ。せっかく200倍の就職戦線くぐり抜けて、ウチに入ったのに」
まくしたて、ビールを一気にあおる。
空になったグラスをドンッと置くと、篠山は神妙な顔つきで、机に目線を落としていた。
「……楽しく働けて、いいと思ったんですけど」
「なんでそんなにデリヘルにこだわるんだ? 金に困ってとかじゃなくて、ただセックスが好きなだけで仕事してるんなら、恋人とか作ればいいだろ」
勢いで言ってしまった。
しかし篠山はその意味には気づかないようで、困ったように首をかしげながら言った。
「それは、……ただセックスするのと、付き合うのは、踏む手順が違いすぎる、といいますか……」
なんとも返答に困る切り返し。
答えあぐねていたところで、食べものが届いた。
篠山が、慣れた手つきでサラダを取り分けながら、ぼそぼそとつぶやく。
「これは、付き合ったことない人間の理想ですけど……もし恋人ができたら、すぐ同棲したいし、毎日エッチしたいです。すごい甘やかしたいし甘えたいし、でも、そんなの好きな人に言うとか、無理で」
「え……? まじ?」
思わず固まった。
いや? それは、オレの理想の具眼化では?
オレもすぐ同棲したいし毎日したいしすごいイチャイチャしたい。
けど、ゲイバーで話したときに、『それは重すぎる』『その理想は捨てないと、一生彼氏できないよ』等々散々言われ、そういうもんかと思っていた。
「……って、会社の先輩相手に何言ってるんですかね。すみません」
篠山は苦笑いしながら、取り分けた皿のひとつをこちらに寄せる。
ついでに渡されたフォークを受け取りながら、オレも微妙な笑いで返した。
「いや……びっくりした。すげー分かる。オレもそう。イチャイチャしたいの、こじらせすぎてて」
「えっ? そうなんですか? なんか、意外です」
ちょっとうれしそうに目を丸くする篠山の顔を眺めながら、重大なことに気づいた。
さっきこいつ、何て言った?
――でも、そんなの好きな人に言うとか、無理で。
やたらヘルシーな和食御膳と、チーズハンバーグが運ばれてきた。
そこからどんな風に話したのかは、よく覚えていない。
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