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 翌日、昼休み。  いつも昼は別々で食べている――というより、篠山がおにぎりふたつで済ます――のだが、たまにはラーメンにでも誘おうかと考えた。  なるべく驚かせないよう、ナチュラルに……と思った、そのとき。 「篠山くん」  目の前にいたのは、朝倉さん。  顔を上げた篠山は無表情だが、ちょっと戸惑っているようだった。 「ちょっと話があるの。お昼付き合ってくれない?」 「えっ……。あ、はい。大丈夫、です」  アラサー独身女が、露骨に誘いやがった……!  オレは必死に平静を装い、ふたりのそばを通り抜けながら、会話を盗み聞きしようとする。  しかし篠山がしゃべらないから、盗むべき会話が生まれない。  そうこうしているうちに、ふたりは部屋を出て行ってしまった。 「安西さん? めっちゃ死にそうな顔してるけど、だいじょぶ?」  顔を覗き込んできたのは、北川だ。 「んや、別に」 「え~? なんか変」  くすくす笑いながら廊下へ出ようとするのを、思わず引き止めた。 「北川っ。ちょ、待って」 「うん?」 「あー、あのさ。前言ってたじゃん、漫画。年下の暗い男に偽装彼氏してもらうみたいなやつ」  くだらない、実にくだらないことを聞こうとしている。  分かっちゃいるけど、聞かずにはいられない。 「それって、リアルにあり得る?」  北川はしばらくキョトンとしたあと、ふっと笑った。 「あるわけないじゃん。そんなもの頼んであとでめんどくさくなるの目に見えてるし、そもそも根暗キャラが急にイケメンになるわけ……、あ」  合点がいったらしい北川は、ニヤニヤしながらオレの脇を小突いた。 「篠山くん? さっき、朝倉さんと一緒に出てったよね」 「…………ん」  オレの微妙な反応を見て、北川はゲラゲラ笑い出した。 「あはは、ないない。偽装恋愛ものは、フィクションだから楽しいのであって」 「じゃあ、偽装じゃなくて本気の可能性は?」 「えー? そんなの分かんないよ。でも朝倉さん、美人だし人脈広いし、わざわざ社内の会話困難の子選ばなくても、出会いいっぱいありそう」 「数多会ってきた男の中であえて篠山ってことは?」 「知らないよもう。なに? やっと懐いた後輩が取られちゃうのが寂しいの? お子ちゃまかな?」 「違う違う違う」  言い訳をしようとしたところで、北川のランチ仲間が合流してきた。  話を無理やり終わらせ、そそくさと逃げようとする……と、最後に北川が、こっそり耳打ちしてきた。 「朝倉さんって、飲み会とかでも自分のこと一切話さないから、彼氏がいるかとか私生活が謎の美女ってことで有名だよ」 「え」 「じゃーねー!」  楽しそうに去っていく後ろ姿を、ぼーっと眺めてしまった。

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