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7章 可愛いが爆発している

 3月に入ってから、篠山が辛そうだ。  重度の花粉症らしい。  薬を飲まなければ延々ズビズビいっていることになるが、飲むと眠すぎて正気が保てない。  学生時代は、人と関わることもあまりないので、よほど酷い日以外はズルズルしながら過ごす方を選択していたとのこと。  しかし、社会人になって、オフィスの中でくしゃみを連発するわけにもいかず―― 「おーい、篠山。だいじょぶかー? 起きてるー?」 「……すみません。ボーッとしてて」  でっかいマスクに花粉用眼鏡。  パソコンに向かってぽやんとしている姿は可愛いし、本当はいつまでも観察していたいが、そんなわけにはいかない。 「駅ナカ案件、あとどこ残ってんの? 半分手伝うわ」 「すみません。福岡支社のデータ、まだまとめてないです」 「お、それはシンプルにヤバいな。あっちは4月1日からダイヤ改正だから、販路調整してたはず」  篠山は、緩慢な動きでチクチクとダブルクリック繰り返し、当該ファイルを開いている。  目がうつろだ。可愛い。いや、そんな場合じゃない。 「ちょっと寝てこい。いまなら仮眠室空いてるから」 「いえ……就業時間に仮眠室を使うわけには……」 「ねえねえ。ふたりでミーティングってことにしちゃえば? わたし言っとくよ」  ひょっこり顔を出してきたのは、北川だった。 「どっかちっちゃい部屋借りて、篠山くん寝かせて安西さんが全部やれば解決」 「お、頭いいじゃん」 「えっ、そんな……押しつけるわけには……」 「ちょっと寝てスッキリした方が、効率いいと思うな~」  篠山がこんなに眠そうなのは、理由がある。  昨晩、篠山は寝ている間もずっとくしゃみをしていた。  オレが風呂上がりに一瞬窓を開けたあと、戸締まりをミスって数センチ開いたままだったからだ――近くに救急車が停まっていたから、つい。  深夜に気づき謝り倒して、篠山は薬を1錠足し、そして一夜明けてもずっと、この調子。 「ほれ、行くぞ。PC落っことすなよ」 「は、はい……」 「いってらっしゃーい」  エレベーターで、ひとつ上の階へ。  商談室に入り、ぽわぽわの篠山を座らせた。 「ごめんなー、オレのせいだわ」 「いえ。薬の用量を守るべきでした……」  と言いながら眼鏡を外し、机に突っ伏して、もうまぶたが閉じかけている。  頭を撫でてみると、篠山はくすぐったそうにしながら、軽く身をよじった。  可愛いが爆発している。 「なあ、寝る前にキスして」 「……? だめですよ、会社です」 「誰も見てないし」  隣に座り、耳の辺りに口づける。  マスクを取った篠山は、無言でふいっと顔を上げた。  してもよいということらしい。  がっつり舌を入れると、「ふあ」というぬるい声が漏れた。 「ん……、だめです、」 「だってすげえ可愛いんだもん」 「…………、ん……っ」  花粉のせい、とは分かっていても、ちょびっと呼吸を乱してキスに応える篠山は、なんとなく色っぽい。  目も若干潤んでいて……いや、可愛いな? 「……ダメだ、仕事しよ。存分に寝てくれ」 「すみません。ありがとうございます」  ぱたりと力尽きるのを見届け、ノートPCを開く。  なんだ、ほとんどできてる。これじゃあ10分も寝かせられない。  有能な後輩兼恋人を寝かせるべく、オレはちんたらと作業を始めた。

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