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1時間きっかり寝て、調子が戻ったらしい。
うーんと伸びをした篠山の顔色は、いつもどおりの血色を取り戻していた。
マスクと眼鏡を装着しながら、深々と頭を下げる。
「ご面倒おかけしました」
「いやー? オレは結構役得だったかな。好きな子がすやすや寝てるのを眺めながら仕事すんの、はかどったわー」
スマホをポケットに入れ、パソコンを抱える。
座ったままの篠山が、上目づかいでこくっと首をかしげた。
「北川さんに何か、お礼とかした方がいいですかね?」
「じゃあ、プリン買っとくわ。あいつ、ローソンのやつよく食ってるから」
扉を開けて、先に篠山を出す。
ドアパネルに社員証をかざしていると、篠山は棒立ちのまま、じーっとこちらを見ていた。
「ん? なに?」
「……安西さんがモテるのって、多分、そういうところですよね。さりげなく、女性がうれしいものとか知ってたり」
半分以上がマスクで覆われているから、あまり表情は分からない。
が、むくれているのだろうなということは、なんとなく読み取れる。
「えー? もしかして妬いてんの?」
「妬いてません」
「妬けよ」
軽口を叩きながら廊下を歩いて、エレベーターに向かっていたとき。
突然背中をバンッと叩かれた。
「うお!?」
「あ……朝倉さん。おつかれさまです……」
「いった……。なんすかいきなり」
テロか通り魔だ。
朝倉さんは、笑いを噛み殺しながら、腕を組んでいる。
「安西くん、あなた年上なんだからしっかりしなさいよ。そんな露骨にちちくりあってるの見たら、ヒヤヒヤするわ」
「ちちくり……?」
「篠山くんの方がよっぽどちゃんとしてるわよ」
「い、いえ。自分はただ表情に出にくいだけですので……安西さんだけがふわふわしてるわけでは、ないといいますか……。すみません」
篠山が小さく頭を下げると、朝倉さんは、おかしそうに口元に手を当てて笑った。
「バカップルね。でも、節度をわきまえないと、身を滅ぼすのは自分なんだから……気をつけるに越したことはないのよ?」
一転、それは、心の底から心配しているような表情だった。
きっと、彼女の人生の中でも、そういう悩みがあるのだろう。
「気にかけてもらってすいません。ありがとうございます」
かつて、しごかれすぎて出社拒否したくなったことなどを、内心謝る。
社内に味方がいるのは安心だ。
「何かあったら言いなさいね。篠山くんも、遠慮しなくていいから」
「ありがとうございます」
カップルとしてのふたりの幸せと、対外的な関係性。
ときには、他人のように振る舞わなければならないこと。
その両軸がなければ、パートナーとして末永く人生を歩むことは難しいのかもしれない。
さっさと追い抜かしていく朝倉さんの後ろ姿を眺めながら、そんなことを考えた。
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