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「男同士のセックスって、神秘的だと思いませんか?」  突然切り出した篠山の顔は、至って真面目だった。  ベッドサイドの灯りだけをつけた部屋は、いまここにふたりきりなのだということを、しみじみと感じさせてくれる。 「神秘? って?」 「男同士の場合、その行為の先には何の目的もゴールもなくて、ただふたりの生殖器と排泄器官を繋げるだけのものじゃないですか。それなのに、愛が芽生えて、普通に生きてたら絶対得られない快感を得て……って考えると、神秘的かな、と」 「ふーむ。たしかに」  篠山はライトに手を伸ばしながら言った。 「こんなことを考えたのは安西さんが初めてですし、今後も安西さん以外はあり得ないので。……ってことが、言いたかった、だけ、です……」 「最後までかっこつけろよ」 「すみません。急に恥ずかしくなりました」  不意に、初日の出のあとに言われたことを思い出した。  ――こんな、自分の考えとか人に言えたの、久しぶりです 「篠山は変わったよ」 「……? というと?」 「色々話してくれるようになった」 「たしかに……最近は少し、人と会話ができるようになりました」  照れたようにうつむく体を抱きしめる。 「単純にしゃべることに慣れたってだけじゃなくてさ。思ってることを言葉にしてくれるのがうれしいよ」 「きょう1日思ってたことは、まだ言えてないです」 「んー? なあに?」  篠山が体をひねり、ライトを消す。  真っ暗になった部屋で、ぎゅうっと抱きしめられながら、篠山の声だけを聞く。 「さっき、万人に平等な安西さんを見ると、正体不明のもやもやが……って、言いましたけど。正体不明ではないです」 「はて、なんでしょう?」 「その人、俺のものなんですけど……って、思っちゃうので。仕事に集中できません」 「あはは。かわいー」  もぞもぞと布団に潜り込む。  額をこつんとぶつけて、髪をさらさらと撫でた。 「万人に平等なオレですが、人類でひとりだけ、異常に偏愛してる奴がいまーす」 「……その言い方はずるくないですか。ますます好きになっちゃう」 「好きでいろ。ずっとな。オレの八方美人なんて、大したことねえただの処世術だよ」  布団の中で、ゆるく手を繋ぐ。  こんな風に安心できるのは、お前だけだよ。 「ね、歩夢」 「……!? いま、このタイミングで呼び方変えのるはずるすぎますっ」 「うーん、歩夢、だいすきー」  キスをねだる。  歩夢は何かブツブツ言いながら、布団をぐいっと引き上げ――ぬくもりに包まれて、世界一好きな奴から、優しいキスをもらった。

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