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「葵はハジメテじゃなかった。よく馴らされてたよ。その意味ぐらい、分かるよね」
美智は葵の頭を撫で続けながら、颯斗をさらに困らせるようなことを言ってくる。
幼少期からほとんど家に籠っている葵にそんなことが出来る相手は一人しかいない。でも父親が、まさか。颯斗の中の常識が浮かんだ予想を即座に否定しにかかるが、あの葵への愛情の注ぎ方を知っていると納得感がある。
ようやく彼らとの最初の会話の意味も理解した。葵の相手が身近にいる颯斗かもしれないと、そう思われていたのだろう。
「葵のお相手、相当執着強そうだよね。お世話係の君も、タダじゃ済まないんじゃない?」
確かにそうだ。傷を付けたくないからと、体育の授業を休ませるほどの徹底ぶり。他の男に犯されたことが知られれば、颯斗にも相当の怒りがぶつけられることだろう。秋吉家全体にも迷惑がかかりそうだ。
「葵はね、痕をつけてほしくないってお願いしてきたんだ。バレたら大変なことになる。それが葵も分かってるんだろうね。もちろん、その約束は守ったよ」
どう考えてもフェアなやりとりではない。どこが和姦だ。涼しい顔をして説明してくる美智に苛立ちが増すが、彼に対峙するスキルなど颯斗は持ち合わせていない。
「だからさ、放課後、葵と遊ぶ時間作ってよ」
「……そんなこと、出来ません。すぐに帰らせないと」
何が“だから”なのだろう。今回の件を内密にする協力をするだけなら、全員にメリットがある。けれど、やはり継続的な関係に力を貸すことなど出来ない。
「あ、そ。じゃあとりあえず昼休みで我慢しようか」
「あぁ。邪魔はするなよ」
はなから颯斗に期待はしていなかったのかもしれない。美智はあっさりと引いてみせ、彰吾はこちらを睨みつけてきた。
二人が保健室から出て行き、ようやく颯斗は葵の布団に手を掛けた。迎えの車はすでに到着している。早く葵を連れていかなければならなかった。
「……はや、と?」
「帰りましょう、葵さん」
まだ覚醒し切らない葵を無理やり起き上がらせ、ベッドから引っ張り出した。でも一度は立ち上がった葵はすぐに床にへたり込んでしまう。
「ごめんなさい、立てない」
あの二人にされたことが原因なのだろう。葵を責めるべきではないが、どこまでも手のかかることに溜め息が溢れてしまう。
「熱、あります?体熱い」
仕方なく抱き上げた体は制服越しでも火照っていることが分かる。
「そう、かも。頭、クラクラする」
そう言って葵は颯斗の肩に頭を預けてきた。こちらの気も知らず、甘えるような仕草を取られると反応に困る。
「葵さん。今日は授業の途中で熱が出て、それからずっと保健室で寝ていた。それでいいですか?」
分かりやすく発熱している葵の様子を逆手に取り、颯斗はそんな提案をしてみる。葵は颯斗の言いたいことに気が付き、すぐに頷いてきた。
「ありがとう、颯斗」
葵のためじゃない。自分の保身のため。だから素直に礼を言われると苦しくて堪らなかった。
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